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3、見えない亀裂
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マリアは森を抜けると、必死で帰路に着いた。
もしあの後アリシアが馬車に乗って家に向かっていれば、もう家に到着してしまっている可能性がある。
屋敷の門扉が見える所まで来ると、ちょうどアリシアの乗っている馬車が、中に入って行く所だった。
(良かった、間に合った……)
マリアは秘密の入り口を通って敷地内に戻り、納屋にしまっていたドレスに着替えると、隠し通路を使って自分の部屋に戻った。
一階からキアラの弾くピアノの音が聞こえている。
しばらくすると、使用人達が女主人を迎える声がした。
自分の部屋で呼吸と身だしなみを整えていると、いよいよ先程のとんでも無い出来事がまざまざと思い出されてくる。
父に対して優しい笑顔を絶やさないアリシアが、他の男にあんなにも惚れ込んでいるなんて。
望んでもいないのに聞いてしまった義母の女の声。
どうしても受け入れ難い。
マリアはベッドの上で膝を抱えた。
それはいつしかマリアの習慣になっていた。
こうすると誰かに抱き締めてもらっているような安心感に少しだけ浸れる気がするから。
今晩、アリシアに会っても普通で居られるだろうか。
父は、真実を知りたいだろうか。
それに森で出会ったエドワードは、恋愛に疎いマリアが初めてときめいた人なのに、自分はこれからお見合いをしなければならない。
今日、森になんか行かなければ……
後悔しても何も変えられない。
マリアは夕食の時間になるまで、膝を抱えながら亡くなった母のことを想った。
「マリアは残りなさい」
「はい、御父様」
いつもと何ら変わらぬアリシアの様子に、先程の御婦人は義母ではなかったのではないかとさえ思えてきた夕食が終わった後、少し怒ったような顔をした父に呼び止められる。
(もしかして、今日森に行った事がばれたのかな)
食卓に座り直しながら、マリアはお説教の理由を考える。
だとしたら、あの時アリシアに気付かれていたのだろうか。
「来週ベルンハルト伯爵がいらっしゃる予定だったが、伯爵に御時間が出来て、明日いらっしゃる事になった」
「はい」
「一応、お前には小さい頃から一通りの事は家庭教師を雇って教えたつもりだが、くれぐれも失礼の無いように」
「はい、御父様」
「うちは男爵と言っても、商いの成果を認められて爵位を下賜された、にわかの貴族だ。お前が伯爵と結婚すれば我が家に箔がつく。そうなればこの家を継ぐクリストファーの為にも、これから嫁ぎ先を探すキアラの助けにもなる。」
さっき、父が怒っていると感じたのは、単に真剣な話をする前だったからなのだろうか。
「この縁談がまとまれば、我が家にとっても、何よりお前にとっても、より良い未来が約束される」
「マリア、 こんな良い条件は無いわ。それにベルンハルト伯爵は大層いい男なのだそうよ。」
アリシアはマリアに微笑み掛けながら、他人事の様に喜んでいる。
「もう行っていいぞ」
「はい、御父様」
マリアは表情が顔に出ないように、にこやかに礼をすると食堂を出た。
(いよいよ、結婚させられるんだな……)
自分の部屋から見える森は、もう夜の帳が下りて、少し気味悪い程に黒く鬱蒼としている。
(そういえば、御母様も男爵家の出身だったっけ……)
亡くなった母の実家は男爵位で、今はマリアの叔父、アランの父親が家を継いでいる。
(聞いたことはなかったけれど、御母様達も政略結婚だったのかな……)
当時、商売で成功してお金はあったけれど一般市民だった父と結婚したことで、母は男爵家からは離脱し自分も一般市民となったが、少しでも貴族とのコネを作りたかった父にはそれでも有益な結婚だったのかもしれない。
今度はマリアが父の手駒になる番と言う事なのだろう。
それでも何不自由なく暮らして来られたのは、父のお陰だ。
(それにどうせここに居ても、寂しかった事を思い出すだけだもの、結婚して引っ越した方が、幸せかもしれない……)
この屋敷での幸せだった頃の思い出は、その後の生活ですっかり遠ざかってしまった。
マリアはその夜、まだ婚約どころか、相手に会ってすらいないのに、いずれ出ていく部屋の片付けを始める事にした。
もしあの後アリシアが馬車に乗って家に向かっていれば、もう家に到着してしまっている可能性がある。
屋敷の門扉が見える所まで来ると、ちょうどアリシアの乗っている馬車が、中に入って行く所だった。
(良かった、間に合った……)
マリアは秘密の入り口を通って敷地内に戻り、納屋にしまっていたドレスに着替えると、隠し通路を使って自分の部屋に戻った。
一階からキアラの弾くピアノの音が聞こえている。
しばらくすると、使用人達が女主人を迎える声がした。
自分の部屋で呼吸と身だしなみを整えていると、いよいよ先程のとんでも無い出来事がまざまざと思い出されてくる。
父に対して優しい笑顔を絶やさないアリシアが、他の男にあんなにも惚れ込んでいるなんて。
望んでもいないのに聞いてしまった義母の女の声。
どうしても受け入れ難い。
マリアはベッドの上で膝を抱えた。
それはいつしかマリアの習慣になっていた。
こうすると誰かに抱き締めてもらっているような安心感に少しだけ浸れる気がするから。
今晩、アリシアに会っても普通で居られるだろうか。
父は、真実を知りたいだろうか。
それに森で出会ったエドワードは、恋愛に疎いマリアが初めてときめいた人なのに、自分はこれからお見合いをしなければならない。
今日、森になんか行かなければ……
後悔しても何も変えられない。
マリアは夕食の時間になるまで、膝を抱えながら亡くなった母のことを想った。
「マリアは残りなさい」
「はい、御父様」
いつもと何ら変わらぬアリシアの様子に、先程の御婦人は義母ではなかったのではないかとさえ思えてきた夕食が終わった後、少し怒ったような顔をした父に呼び止められる。
(もしかして、今日森に行った事がばれたのかな)
食卓に座り直しながら、マリアはお説教の理由を考える。
だとしたら、あの時アリシアに気付かれていたのだろうか。
「来週ベルンハルト伯爵がいらっしゃる予定だったが、伯爵に御時間が出来て、明日いらっしゃる事になった」
「はい」
「一応、お前には小さい頃から一通りの事は家庭教師を雇って教えたつもりだが、くれぐれも失礼の無いように」
「はい、御父様」
「うちは男爵と言っても、商いの成果を認められて爵位を下賜された、にわかの貴族だ。お前が伯爵と結婚すれば我が家に箔がつく。そうなればこの家を継ぐクリストファーの為にも、これから嫁ぎ先を探すキアラの助けにもなる。」
さっき、父が怒っていると感じたのは、単に真剣な話をする前だったからなのだろうか。
「この縁談がまとまれば、我が家にとっても、何よりお前にとっても、より良い未来が約束される」
「マリア、 こんな良い条件は無いわ。それにベルンハルト伯爵は大層いい男なのだそうよ。」
アリシアはマリアに微笑み掛けながら、他人事の様に喜んでいる。
「もう行っていいぞ」
「はい、御父様」
マリアは表情が顔に出ないように、にこやかに礼をすると食堂を出た。
(いよいよ、結婚させられるんだな……)
自分の部屋から見える森は、もう夜の帳が下りて、少し気味悪い程に黒く鬱蒼としている。
(そういえば、御母様も男爵家の出身だったっけ……)
亡くなった母の実家は男爵位で、今はマリアの叔父、アランの父親が家を継いでいる。
(聞いたことはなかったけれど、御母様達も政略結婚だったのかな……)
当時、商売で成功してお金はあったけれど一般市民だった父と結婚したことで、母は男爵家からは離脱し自分も一般市民となったが、少しでも貴族とのコネを作りたかった父にはそれでも有益な結婚だったのかもしれない。
今度はマリアが父の手駒になる番と言う事なのだろう。
それでも何不自由なく暮らして来られたのは、父のお陰だ。
(それにどうせここに居ても、寂しかった事を思い出すだけだもの、結婚して引っ越した方が、幸せかもしれない……)
この屋敷での幸せだった頃の思い出は、その後の生活ですっかり遠ざかってしまった。
マリアはその夜、まだ婚約どころか、相手に会ってすらいないのに、いずれ出ていく部屋の片付けを始める事にした。
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