最悪な結婚を回避したら、初恋をがっつり引きずった王子様に溺愛されました

灰兎

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2、森の中の昼下がりの情事

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結局マリアはアランの所に行かなかった。

時同じくして義母の妊娠が発覚し、妹のキアラがマリア「お母さまとお父さまに赤ちゃんが生まれて、マリアも遠くへ行ったら、私だけがこの家で一人ぼっちになってしまう」と泣きつかれたから。

普段から家族の輪に入れないマリアの姿を見て、今度は自分があんな風になってしまうかもしれないと、キアラが不安に思っても無理は無い。

アリシアが男子を産むと、マリアとキアラの生活は一変した。

アリシアは段々とマリアに日々のちょっとした雑用を頼む様になり、キアラには前よりも豪華なドレス等が誂えられた。

召し使いの様な扱いは受けないが、キアラとは明らかに違う待遇。
キアラも母親が自分への関心を失わなかった事を喜び、マリアから離れ母親の近くに居る事が増えた。

男子が生まれれば、生まれた順番に限らず家を継ぐので大切にされて当然だ。
子育てに忙しいアリシアが年長者の自分にちょっとした事を頼むのだって至極当たり前だし、日を追う毎に美しく成長して、背もマリアより高くなったキアラに新しいドレスを仕立てるのも普通の事。


親が再婚して上手く行っている家族は沢山ある。
端から見れば、いや、マリアの心中を除けば、この家も十二分に順調なのだ。

それなのに時々どうしても心がモヤモヤして、アランといつか行った森に逃げたくなってしまう。

ただ一人になって時を過ごしたい。

そう思っても、小さいマリアが一人で出掛けるのは許されなかったし、大きくなったらなったらなったで、年頃の娘なのだからとたしなめられる。

けれどマリアが十七になった頃、アリシアが月に一、二度は必ず街に行き、半日程家を空けるのに気付いた。

それを知ってからは、アリシアの許可を得ずにこっそり外出が出来るので、マリアはその日を楽しみにするようになった。

使用人はマリアの事など気にしていないし、キアラと弟のクリストファーには日中はずっと家庭教師が付いているので、使用人のお仕着せの様な服を着て秘密の通路を通れば、誰にも気付かれずに外出するのは容易かった。




あの頃よりも大分苔むした丸太の上で、アランとここへ来た時の事を思い出す。
緑の香りに溢れるこの場所は、マリアが心からリラックス出来る大切な場所だ。
控えめに流れる小川のせせらぎも、草木が風に揺れる音と相まって、穏やかな気持ちにさせてくれる。

マリアが目を瞑り、森の息吹を感じていると、遠くから微かに女性の声がした。

「──ウォルター、ウォルター、どこ?」

初めは小さかった声が少し近付いて来るのを感じて、思わず近くの大きな岩の後ろに隠れた。

「ウォルター?」

より近くに聞こえた声にマリアの心臓がひっくり返りそうな程にドクンと脈打った。

無断で森に入った事を咎められると思ったからではない。
その声が義母アリシアの物だったからだ。




「ウォルター、そこに居るの?」

アリシアの声がマリアの隠れている岩の方にどんどん近付いてくる。

マリアは自分があまりにも安易な隠れ場所を選んだ事を悔やんだ。

(どうしよう! 今から全力で走ったら、変装しているしばれないかな)

遅くとも二秒後には何かしらの決断をしなければと思った時、アリシアよりさらに後方から、男の声がした。

「アリシア、ごめん待たせたね。金曜日の約束だったのに、急に今日会いたいなんて、どうしたの?」

「ウォルター、ごめんなさい……どうしても貴方に会いたくて、待ちきれなかったの。明日の事もあるし……」

「そう、何か大変な事が起きたのかと思ったけど、それなら良かった。明日の事は上手くやるから、心配しないで」

男の声は、舞い上がるアリシアとは対照的に淡々と落ち着いている。

草を踏みつけながら、アリシアの足が男の方へと向かう。

マリアは頭の中をドクドクと波打つ血流を感じた。

今、自分が直面している事象は何なのだろう。理解したくない。

父も、家族も、あんなに大切にしている弟のクリストファーでさえも裏切って、義母が男と逢い引きをしている。



「あぁっ──! んんっ、ウォルター、もっと……!」

マリアの隠れている所まで届く程の嬌声が聞こえて来て、思わず両耳をふさいだ。

こんな事を知りたくて森に来たわけではない。

もしこの事が露見したら家族が壊れてしまう、そして父もきっと壊れてしまう。

(私が黙っていれば、大丈夫。この場所にはもう二度と来れなくなってしまったけれど、それだけで済む……)

無意識に口の中を強く噛んでいた。

どれ程の時間が流れたのか分からない。

アリシアの声が聞こえなくなり、恐る恐る岩の陰から声のしていた方を見てみる。

美しいハニーブロンドの髪をした男の後ろ姿が、しなだれ掛かる義母を支えているのが見える。

しばらくすると、二人はそのまま森の入り口の方へと姿を消した。



音を立てぬようそっと立ち上がり、岩の向こうに誰も居ないのを何度も確認して、警戒しながら自分も森を出ようと一歩前に出た。

「もう、誰も居ないよ。大丈夫?」

マリアは心臓が凍り付く音が聞こえた気がした。

思わず悲鳴を上げそうになって口を押さえる。

今の今まで散々誰か居ないか確認したはずなのに。

「ごめん、驚かしてしまったね。」

声のした右方を見ると、綺麗なアッシュブロンドの髪の男がマリアを心配そうに見ていた。

(おとぎ話に出てくる王子様も恥じ入る程の美男子……)

その柔かいオリーブ色の瞳に思わず見惚れてしまう。

「大丈夫?」

「あ、えっと、はい……」

何も言わないマリアを気遣う言葉にも、まともに答えられない。

「僕もたまたまさっきからここら辺に居たんだけど、災難だったよね、あんなの見せられて」

(この人、お義母様の事を見てしまったんだわ……どうしよう!!)

美しい男に一目惚れしかけていた心が、冷や水を掛けられた様に一気に縮み上がり、背中に嫌な汗が流れる。

「な、何の事でしょうか……」

「何も見てない?」

「いえ……あ、貴方は何か見たんですか?」

「何って、恋人の逢瀬を……」

「女性が誰だったか見ましたか……?」

不安な気持ちが勝ってつい相手に妙に思われそうな質問をしてしまう。

「少しね、行為の最中は勿論見てないけど、ここへやって来た時に見たよ。結構綺麗な人だったけど、君程じゃなか──」

「忘れて下さい!」

急に切羽詰まった様子のマリアに男は気圧される。

「えっと、何を?」

「今日この森で見た事は全部、忘れて下さい!」

「何でそんなに必死なの?」

「何ででもです! お願いします」

マリアは男に懇願する。

「分かった。じゃあ君の名前を教えて。僕はエドワード」

「名前は、マ、マリアです」

マリアは咄嗟に偽名を使おうと考えるも思い付かずに本名を告げてしまった。

「……マリアか、純粋そうな君にぴったりの名前だね。」

「エドワードさん、約束はきっと守って下さい。それでは失礼します」

そう言ってその場から立ち去ろうとしたら、男に呼び止められた。

「待って、君にもう一度会いたい。今度はどこかもっとデートにふさわしい場所で」

「すみません、もうお会いできません。私、来週お見合いをするんです。その方と結婚する事になると思います」

「そんな……」

マリアが告げると、エドワードは驚いたのか言葉を失っている。

「失礼します。」

マリアは今度こそ森の出口を目指して、早足で歩き出した。




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