上 下
4 / 5

王様の純愛が色付き始めて、もう完熟寸前です

しおりを挟む
翌朝、朝方まで眠れなかったアーサーが目を覚ますとリューシャはまだ腕の中で眠っていた。

恋しい人を腕に抱いて目覚めるのがこんなにも幸せな気持ちになる物なのかと、アーサーは一人衝撃を受ける。

閉じられた目元の睫毛の一本一本までもが愛おしい。

キスをしたら、起こしてしまうだろうか。

無防備な可愛らしさに、いたずら心が芽生えそうになるのを堪えて、リューシャが目覚めるのを待った。




朝食を済ませるとアーサー達の二週間の旅が始まった。

往路は絶え間なくヴィンセントが視界に入り、何とも味気ない旅であったが、帰路の旅はリューシャが居る。

二日間の過酷な砂漠の横断もリューシャと一緒だと、あっと言う間だった。

三日目からは船旅になった。リューシャは船に乗った事が無いらしく、最初は甲板に出て海を見ることすら怖がったが、アーサーが絶対に手を離さないと約束すると、少しずつ慣れて行き、翌日には身を乗り出して海を眺め出したので、周りがヒヤヒヤする羽目になった。

七日目になると、アーサーが珍しく体調を崩した。

アーサーが眠っている間に、ヴィンセントが薬を持って来てくれた。

「旅のお疲れが今になって出たのでしょう。リューシャ様のお側に居ると陛下は安心するのか、いつもより人間らしくなられる。」

ヴィンセントがこんなに優しく微笑むのを初めて見た気がする。

「ヴィンセント様は、陛下をとても大切に思われているのですね。」

「そんな大袈裟なものではありません。ですがこの命に代えてもお守りしたい、位には思っているかもしれませんね。」

冗談めかしてウィンクをしながら言うヴィンセントが色っぽくて、男女のそう言うことに疎いリューシャでもドキッとしてしまう。

「も、もしかしなくても、ヴィンセント様はとても女性におモテになるのでは……?」

つい思ったことが口から出てしまう。

「どうでしょうか? 不自由はしていないかもしれませんね。」

(やっぱり……)

リューシャが妙に納得している横で、

「陛下が目を覚まされたら、この薬を飲むようお伝え下さい。それでは。」

と言うと、いつもの無敵の宰相の顔に戻り帰って行った。




夜になってもまだだるさの残っていたアーサーは、リューシャと二人で静かに夕食を取っていた。

「陛下、この果物は船酔いや暑さによる眩暈に効くそうです。」

食後にリューシャが赤い果肉の柑橘の果物を準備してくれる。

「すまない。俺が無理矢理リューシャを連れて来たのに、世話になってばかりだな。」

「そんなことありません。私が陛下のお傍にいさせて下さいとお願いしたからです。陛下には私が一生掛かっても返せなかったかもしれない借金を肩代わりして頂いた上に、こんな豪華な船に乗せて頂いて、それに……」

「それに?」

「……私の初めてを貰い受けて頂きました……」

「最初だけでなく、最後まで貰い受ける。」

「それは……」

リューシャは言い淀む。

「リューシャ……答えたくなかったら、答えなくてもいいが、あの夜ヴィンセントが渡したのは、のど飴だったと聞いた。それなら何故あんなにも身体が熱くなっていたんだ?」

「頂いた飴をなめてみたのですが、身体に変化はありませんでした。ヴィンセント様が緊張していた私を見かねて嘘をついて下さったんだと思います。それで、自分で持っていた媚薬を飲みました。」

「どうして媚薬を持っていたんだ?」

「踊り子なら誰でも持っています。望まぬ相手に求められる事もありますので……。私もいずれはその時が来ると思っていました。陛下の部屋に伺うよう言われた時は、とても嬉しかったです。
せめて初めては、陛下の様な素敵な方となのだと思うと、これでもう心残りはないと思いました。」

「それで媚薬を?」

「はい、陛下はその……女性経験がとても豊富そうでいらしたので、私の経験不足と言う些末な事情で煩わせては申し訳無いと思いました……」

「そう言う事か……。」

「すみません。」

「何度も言うがあの日の事は俺が全面的に悪い。謝らなくちゃならないのは俺だ。」

「いえ、初めてだったので少し痛みましたが、情熱的な陛下はその……とても素敵でした……」

顔を赤らめて言うリューシャを今すぐ抱き潰したい衝動に駆られたアーサーだが、さすがに、『同じ過ちは繰り返さない』とあの日以来、一日百回は心の中で唱えていたので、思いとどまった。

(もしかして、リューシャはマゾか……? いや、そんな訳がない。他の男を知らないからこんな良い風に解釈してくれているんだ。気を抜いたらあっという間に他の男に取られる。)



東方の宮殿を出発してから十日目の午後、リューシャ達はランドール国の北部にある城に到着した。

その城はアーサーが幼少期を過ごした所で、首都まではまだ数日掛かるが、もう今までの様な険しい道のりではない。



「リューシャ、眠れないのか?」

夜遅くに仕事を終えて戻って来たアーサーは、とっくにベッドに入っていると思っていたリューシャが窓辺から外を眺めているのが見えて、声を掛ける。

「夜のお庭が綺麗で、見とれていました。」

「ここには視察も兼ねて2、3日居るから、明日の夜は庭を散歩しよう。」

「はい、ありがとうございます。」

アーサーに無邪気な笑顔を向ける。

リューシャに対して反省しているとか、後悔しているとか、心が欲しいとか、色々な理由を並べたが、日を追う毎に、やはり生来の色を好む性分がもう限界だと、アーサーの身体に直接、訴え始めていた。

ここ数日は、リューシャとキスをするだけで、その後に最低二回は独りで吐精しないと収まらない程になっていたし、今朝はリューシャとのとんでもなく淫らな夢を見て、起きたら夢精をしていた。



アーサーに毛布の下で抱き締められたリューシャは、意を決して口を開いた。

「陛下、どなたか……ご婦人をお呼びになって下さい。」

リューシャはそう口にしながら胸が締め付けられるように痛むのを感じる。

「なんの冗談だ、リューシャ。」

「陛下は、その……いつも美しい女性に囲まれていらしたと聞きました。それが私のせいで、陛下は我慢なさっていると……」

「まさか、さっきヴィンセントが言った事、聞こえていたのか?」

リューシャは遠慮がちに頷く。





「遠くて近いは男女の道、とは東方の文献によるものですが、陛下はことリューシャ様においては、遠回りを余儀なくされている様ですね。」

「仕方ないだろ、俺が最初に何もかもぶち壊したんだ。」

「百戦錬磨の陛下が何も出来ないとは、お気の毒です。ましてリューシャ様は陛下を慕ってらっしゃるのに。あんなに魅力的な方を前にして大人しくいられるなんて、男としての陛下を見直しました。」

「俺のこの状況を楽しんでいるのか?」

「いいえ、全く。元はと言えば、宴の際に目の前で酒を給仕する美女に目もくれず、リューシャ様に釘付けになっていた陛下に、この方となら添い遂げて頂けるかもしれないと、画策したのは私です。」

「そんなに見ていない。」

「見てらっしゃいましたよ。後ろに控えていた私が気付く程に。」

「──……」

「ですがこのままでは陛下の生活に支障が出ます。リューシャ様と純愛を貫かれるのはとても良いことだと思いますが、お辛いようでしたら今からでも誰かに来させましょうか?」

「戯れ言を。そんな事する必要はない。俺は至って健康だ。」

アーサーは自分に言い聞かせる様に呟いた。





「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのです。廊下を歩いていたらお二人の会話が聞こえて来て……」

「そうか。余計な事で心配を掛けてすまなかった。」

「いえ、余計な事ではありません。ヴィンセント様は陛下の健康を危惧なさっています。私も僭越ながら心配しています……」

「リューシャを抱きたい。」

「はい。……え!?」

唐突なアーサーの告白に相槌を打ってから、飛び上がりそうな程驚く。

「来週には首都に着く。そうしたら、俺と婚約してくれるか?」

「私のような者で許されるのなら……」

「リューシャはあの手厳しいヴィンセントのお墨付きだ、自信を持て。それに俺が初めて惚れた女だ。誰にも文句は言わせない。」

「はい……」

リューシャの声は小さい。

「婚約が決まったら、リューシャを抱きたい。それまでは待つし、他の女など一切必要無い。邪魔だ。俺はリューシャだけが欲しい。」

アーサーはほんの数週間前まで、これ程惚れ込む女に出会うなど、考えてもみなかった。

リューシャはうつむいて、アーサーの胸に顔を埋めている。

「それと、もう一つ頼みたい事がある。」

「はい、何でもおっしゃって下さい。」

「リューシャ、男相手に何でもなんて言うもんじゃない。」

「陛下だからです。私だって、誰彼構わず何でもとは言いません……」

珍しくアーサーに反論するリューシャ。

「それなら安心だが……『陛下』と呼ぶのはやめて、アーサーと呼んで欲しい。」

「それは難しいです……。」

「では皆の前でリューシャを呼ぶ度に、『俺がキスすると、いつもすごく色っぽくなるリューシャ』と言うことにしよう。」

「そんなの、ダメに決まってます!!」

「では、アーサーと呼んでくれるな?」

「はい、アーサー……」

「実に良いものだな、リューシャの可愛らしい声で名前を呼ばれるのは。うん、実に良い。」

常に狡猾な者達に囲まれて国内外とやり取りしているアーサーに、リューシャが勝てる訳もない。

やっと人生の宝物を見つけて上機嫌なアーサーは、その日から婚約の日までを指折り数えて過ごした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

【R18】騎士団長は××な胸がお好き 〜胸が小さいからと失恋したら、おっぱいを××されることになりました!~

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
「胸が小さいから」と浮気されてフラれた堅物眼鏡文官令嬢(騎士団長補佐・秘書)キティが、真面目で不真面目な騎士団長ブライアンから、胸と心を優しく解きほぐされて、そのまま美味しくいただかれてしまう話。 ※R18には※ ※ふわふわマシュマロおっぱい ※もみもみ ※ムーンライトノベルズの完結作

騎士様、責任取って下さいな~淫紋聖女はえっちな小悪魔女子なのです~

二階堂まや
恋愛
聖女エルネは護衛騎士ヴェルナーと夫婦同然の暮らしをしているが、結婚して欲しいとは中々口に出せない。 それに加えて彼女は、近頃性欲が満たされないことに悩んでいた。エルネは人としての三大欲求が満たされていないと強い魔力を使えないため、それは国のために力を使う彼女としては由々しき事態であった。 自らの欲求を満たすためにエルネは身体に淫紋を付けるが、それを見たヴェルナーに怒られてしまう。 そして彼は、責任を取るべく肉体的に彼女を満足させると言い出して……? 関連作品 「騎士様に甘いお仕置きをされました~聖女の姉君は媚薬の調合がお得意~」

【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。 ※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。 ※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

騎士団専属医という美味しいポジションを利用して健康診断をすると嘘をつき、悪戯しようと呼び出した団長にあっという間に逆襲された私の言い訳。

待鳥園子
恋愛
自分にとって、とても美味しい仕事である騎士団専属医になった騎士好きの女医が、皆の憧れ騎士の中の騎士といっても過言ではない美形騎士団長の身体を好き放題したいと嘘をついたら逆襲されて食べられちゃった話。 ※他サイトにも掲載あります。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

没落寸前子爵令嬢ですが、絶倫公爵に抱き潰されました。

今泉 香耶
恋愛
没落寸前貴族であるロンダーヌ子爵の娘カロル。彼女は父親の借金を返すために、闇商人に処女を捧げることとなる。だが、震えながらカジノの特別室へ行った彼女は、部屋を間違えてしまう。彼女は気付かなかったが、そこにいたのはバートリー公爵。稀代の女好きで絶倫という噂の男性だった。 エロが書きたくて書きました。楽しかったです。タイトルがオチです。全4話。 色々と設定が甘いですが、エロが書きたかっただけなのでゆるい方向けです。 ※ムーンライトノベルズ様には改稿前のものが掲載されています。

処理中です...