美しくも絶倫な王様は砂漠の舞姫を一夜目から籠絡して溺愛しました

灰兎

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王様は長い長い夜を過ごしました

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夜中に喉の渇きを覚えて目を覚ますと、隣にアーサーが眠っていた。

黄金の髪が窓からの月の光を纏って輝くのを見て、リューシャは何か神聖なものの様に感じた。

昨晩あれ程激しく自分を抱いた人物とは思えない程、洗練された美しさを湛えている。

王としての気品なのか、アーサー自身の生まれ持った高貴さ故になのか。

(私などが側に居て許されるはずがない。)

きれいに畳まれてローテーブルに置かれていた自分の衣装を素早く身に付けると、そっと部屋を出た。



「リューシャ様」

静かに背後から呼ばれ、思わず跳び跳ねそうになる。

振り向くと、宰相ヴィンセントが立っていた。

「ヴィンセント様……」

「突然、失礼致しました。こんな夜更けにどちらへ?」

「の、喉が渇いたのでお水を……」

「それでしたら、すぐに何かお持ちします。」

「いえ、私はもう帰りますので、どうぞお構い無く。」

「残念ですが、舞踏団の方々は先程出発なさいました。夕方リューシャ様にお目にかかった際にお伝えするのを失念していました。すみません。」

この優秀さを絵に描いたような宰相に『失念していました』なんて言う事があり得るのだろうか。

リューシャの起きたばかりでぼんやりしている頭で考えても、おかしいと気付く。

「ヴィンセント、リューシャをいじめるな。」

後ろから低い声がする。

「これはこれは、陛下が今の今までいらっしゃらないとは珍しい。可憐なリューシャ様のお隣はさぞ寝心地がよろしいのでしょうね。」

いつも眠りが浅い主人が、扉の外とは言え、二人の声にしばらく気付か無いほどに熟睡していたのは、ヴィンセントにとっては嬉しい誤算だった。

「リューシャ、どうして部屋を出た。」

「何か飲み物を頂こうと思い……」

「ヴィンセント、飲み物と何か消化の良い軽食を。」

「直ちにご用意致します。」

「リューシャ、部屋に戻るぞ。」

「ですが……」

「どのみちこの時間に外に出ても、何も出来ず盗賊に襲われるだけだ。」

リューシャの手を引いて部屋に戻り、長椅子に座り、彼女を膝の上に座らせる。

「リューシャ、俺は明日この国を発つ。急に決められる事ではないと思うが、一緒にランドールに来る事を考えてくれないか? 」

後ろからリューシャの手を繋いで尋ねる。

「陛下……」

「二十九になっても独り身で、家臣達、特にヴィンセントに、早く身を固めろと言われていたが、誰とも添い遂げるつもりは無かった。後継者なんて俺の子供じゃなくても、血筋を辿ればいくらでも居る、その中で優秀な者がなれば良いと思っていた。」

「お言葉ですが、それでは後継者争いが起こってしまうのでは……」

「そんなもの、俺に直系の後継者が居ても起こり得る。現に俺はランドール国王の五男だった。普通ならまず王位に就く事はないが、他の王子達が病気になったり、周りにけしかけられて殺し合い、俺に王位が回って来た。」

「そんな──」

「気にするな、王族の中ではよくある事だ。」

言葉に詰まったリューシャを自分の方へ向かせると、琥珀の瞳が滲んで揺れている。

右手を引き寄せてその細い指の一本一本にキスをする。

そのままうなじや耳にもキスしようとすると、がちゃりとドアが開く。

「陛下、いい加減にして下さいよ。でないとリューシャ様と部屋を別にします。」

両手にフルーツや茶器を載せた盆を手にしたヴィンセントが、四角い眼鏡をキラリと光らせて入ってくる。

リューシャはまるで逃げるかの様にアーサーの膝から飛び降りる。

「ヴィンセント、ノックをしろ。」

「しましたよ。聞こえない位にリューシャ様に夢中になっていらしたのではありませんか?」

「なっ──」

まるで何でも見透かす蛇のような視線を主君に向けるヴィンセントに何か一言言ってやろうとしたところで、クスクスと鈴を転がしたような声が聞こえた。

リューシャが笑っている。

アーサーは初めて見るリューシャのその無垢な笑みに目を奪われた。

昨晩舞っていた時の、男を誘う様な妖艶な笑みではない。

アーサーは、この飾り気の無い美しい笑顔を自分が守りたい、と思った。

「すみません。」

二人のやり取りが仲の良さを表している様で微笑ましくなってしまったが、アーサーとヴィンセントに凝視されて、己の非礼に気付き詫びる。

「いえ、謝るのはこちらの方です。すみません、お見苦しい所をお見せしました。主君がこれ程までに幸せそうな所を、お仕えして以来初めてお見受けしたもので、つい軽率な言動をしてしまいました。」

ヴィンセントは謝罪しながらも主君をからかうのを止めない。

表情には出さないが、これでも浮かれているのだ。

「では御二人ともごゆっくりお休み下さい。坊っちゃん、ランドールの紳士らしく『行動は慎み深く、気持ちは素直に情熱的に』、ですよ。」

ヴィンセントはアーサーが何か言うよりも先に、風のように素早く退室した。

「ヴィンセントさんは、おいくつでいらっしゃるのですか?」

「三十二だ。何故だ?」

離れていたリューシャを今一度、自分の腕の中に抱き寄せる。

「陛下の事を『坊っちゃん』と呼んでらしたので、見た目よりもずっとお年なのかと思いました。」

「あれは、俺が三つの時から一緒に居る。」

「それでだったのですね。」

「何故リューシャが嬉しそうにするんだ?」

「多分、仲の良い御二人を拝見していて、楽しかったのかもしれません。私には御二人の様な親しい友人はいないので……」

「だったらこれから出会えばいい。」

「ですが──」

「借金の事なら片を付けた。リューシャはもう自由だ。どこに行っても、何をしても、誰にも咎められない。これを言うと、リューシャが引け目を感じて俺に付いてくると言いそうで、伝えたく無かったんだが……」

「あんな大金を、どう──」

そう言い掛けて目の前に居るのが一国の王だと思い出す。

「自惚れる訳ではないが、俺に魔術が効かないと言ったのはリューシャだ。」

「はい……」

リューシャの頬を包み込むようにして、その神秘的な色の瞳を見つめる。

「リューシャ、教えてくれ、この国の男はどうやって意中の女性を口説く? どうしたら、リューシャみたいな天使が恋に溺れた男の所まで堕ちてきてくれる?」

悩まし気に囁かれて、リューシャの顔が部屋に飾られたガラスのランプよりも赤くなる。

「ぞ、存じ上げません、私には経験がありませんから……」

「本当か? しかし踊っている時はあんなに色っぽく微笑み掛けるのだから、たとえ昨日まで男を知らなかったとしても、恋人や想い人の一人二人は居たのではないか?」

アーサーは未だかつてこんなに子供じみた嫉妬心を持ったことも口にしたことも無かったのに、リューシャを前にすると自分が止められなかった。

「あれは、先輩方の踊る姿を見て勉強したからです……。」

「そうだったのか、つまらない邪推をして悪かった。」

「いえ……あの、陛下の国、ランドールの女性は、どうやって殿方を誘惑なさるのですか?」

唐突に何か思い詰めたように問われて、アーサーは動揺する。

「急に何を言い出すんだ?」

「陛下は何もなさらなくても、その魅力で全ての女性を虜にしてしまいます。でも私は……」

そう言うとリューシャは自分からアーサーの唇に触れた。

リューシャのつたないキスが何とも心地よくて、つい自分からも唇を押し付けてしまう。

「……ん……陛下……」

深まっていくキスに呼応するように、リューシャの体温が上がり、甘い香油の香りがアーサーの鼻腔をくすぐる。

思わずリューシャの口内に舌を差し込み、彼女のそれと絡ませてしまう。

昨夜のリューシャの中を思い出させる様な熱と、くちゅりと音を立てる湿っぽさ。

(ダメだ、これ以上したら、昨日の二の舞だ。)

アーサーはリューシャの唇を舐めてキスを切り上げると、彼女を腕に閉じ込めるように抱いた。

「……俺は、何よりもリューシャの心が欲しい。正直に言えば、身体も。でもリューシャは今、混乱している。」

「っ……混乱など、しておりません、それに私の心はもう、陛下のものです。」

「昨日俺にあんな目に遇わされて、混乱していない訳がない。」

リューシャはアーサーの腕の中で首を振る。

「陛下は私にランドールへ来ても良いと、言って下さいました。それはまた私を夜伽の相手にして下さると言うことですよね? ……それが今夜ではいけませんか?」

「リューシャ……」

潤んだ瞳で見つめられて、アーサーの決心は揺らいだ。

けれど、自分の胸に置かれた細い手を見て、最後の理性をかき集める。

「リューシャの身体が回復してからだ。」

「もう回復しています。」

「ダメだ。もっと元気になってからでなくては。さあ、もう寝よう。」

まだ何か言いたそうなリューシャをベッドに運ぶと自分も横になって目を閉じた。

しばらくするとリューシャの規則正しい寝息が聞こえてくる。

なぜ急にリューシャがあんなに焦って誘って来たのか、アーサーは計りかねていた。

けれど、今までの様に一夜の逢瀬を楽しみ、翌朝には既にまだ手を伸ばしていない花を思うような、そんな関係をリューシャに求めているのでは無いと自覚していた。

綺麗な女も、スタイルの良い女も、気立ての良い女も出会ってきた。彼女が他の女達と何が違うのか、分からない。
でも理由が分からないからこそ、この胸に湧く感情を信じられた。

明確な理由が挙げられないからこそ、心は知っている。

(でも、それと下半身は別事情だよな。)

アーサーは横になったリューシャの服の胸元から乳首がこぼれ出ているのを目と脳裏にしっかり焼きつけると、静かに風呂場に向かった。





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