色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎

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1話 大佐様、そのお話はもう何度も伺いました

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ルイーズの朝は早い。

5時に起きてささっと身支度を済ませると、宿舎から歩いて五分の仕事場へ出発する。

6時前には出勤して、少し甘くしたミルクティーを飲みながら仕事の準備をする。

医務室の窓は騎士達の訓練場である中庭に面していて、2月の氷点下でまだ暗い中、早朝から修練に勤める者の姿がちらほらと見える。

「はぁーーーー……」

最近、気が付くとついため息が出ている。

ルイーズが21になった時、行き遅れを危惧した親が勝手に婚約を決めてきたが、3週間前にどうしようもない輩と判明して、婚約破棄をする一悶着があった。

その後、現在23歳間近のルイーズが一生結婚出来ないかもしれないと、両親は血眼になって縁談を探してはルイーズに半ば強制の様にお見合いを勧めてくる。

さすがに最初の件があるので、勝手に婚約を結ぶことはないが、ここのところ毎日の様に母がお見合いの釣書を持ってルイーズの住まいを訪れる。

(それだけでもうんざりなのに、その上、あんな事迄起こって……

東には厄年って概念があるらしいけど、きっと今年の私はそれなんだわ……

今朝も来るのかな……あの頭痛の種さん……)

蜂蜜色の緩やかなウェーブの髪を後ろで一つにまとめ、丁寧に手を洗う。

洗面所の鏡越しに自分の顔を覗くと、少しやつれている。

元々細身のルイーズは、ここ数日の悩み事ですっかり痩せ細ってしまい、いつもは色白で薔薇色の頬に水色の瞳がみずみずしく映えるが、今朝は血色も悪く、顔色も冴えない。

コンコン

(やっぱり来た……!)

もはやノックの音だけで彼と分かってしまう。

心臓が跳び跳ねそうになる。

出来ることなら居留守を使いたい。

けれど無視は出来ないので、「はい、どうぞ」と答える。

カチャっと扉が開き、黒髪の長身の男が入ってくる。

藍色の瞳の色に合った濃紺の詰め襟の軍服が、男らしい色気を際立たせている。

「モルガン先生、おはようございます」

「ミューラー大佐、おはようございます」

「マチアスと呼んで下さいと、お願いしました」

憮然とした顔でルイーズを見る。

「それは出来ません、皆さん、名字と階級でお呼びしていますから」

「それなら、僕は退団します」

「そ、それは困ります。分かりました、マチアス……大佐」

「では退団しません。」

(ミューラー大佐、騎士としての実力も申し分ないし、顔も無駄に良いのに、性格だけは何とも言えない面倒くさい感じが……第一印象と全然違うわ……)

「それは何よりです」

大佐は手に持っていた菫の花の描かれた可愛らしい紙袋に入ったパウンドケーキを渡して、彼女の向かいの丸椅子に座る。

ルイーズは断るとまた面倒なことになるのをこの3日間で学んだのと、正直に言うと甘いものには目がないので、礼を言って受け取り事務机の上に置くと、椅子を大佐の方へ向けて座る。

「あなたがマチアス大佐と呼んでくれるなら、僕もルイーズ先生と呼んでもいいですか?」

うつむきがちに、図々しい事を言ってくるマチアス。

(それはあなたが無理やり……!)

ルイーズは珍しくちょっといらっとした。

普段は非常に穏やかな彼女だが、大佐の強引さにそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだった。

疲れが溜まっているせいかもしれない。

「……どうぞ、お好きにお呼び下さい。ところで、ご相談とは?」

「はい、僕には好きな人がいるんですが」

「そのお話は昨日も、一昨日も、一昨々日も伺いましたが……」

「でも、ルイーズ先生に話さないと気が狂いそうで」

「……ではお話し下さい」

「その人は非常に魅力的な女性で、とっても優しくて、美人で、華奢で、しっかりしてるところもあるんですけど、何だか儚げで、僕はもう2年も、片思いしています」

「……そうですか」

「でも彼女には婚約者が居ました。それで僕も最初は諦めようと思ったんです。
でもやっぱり無理でした。その上、相手が騎士団をクビになり掛けて左遷させられた、素行の良くない、女癖も悪い同僚だと知って、図々しくも、それなら僕にもチャンスがあるんじゃないかと思い始めました。
そうしたら案の定、彼女の父親の方から、婚約破棄の申し出があったそうです」

「はい……」

ルイーズがこの下りを聞くのは4回目だ。

「それで、善は急げと、その女性にプロポーズをしたら、『今はそういうことは考えられない』と言われました。2週間前の事です」

「……はい」

「僕はどうしても彼女の事が忘れられないのです。だから先生、僕を助けて下さい」

「誠に申し訳ありませんが、それは当人同士でしか解決出来ません。なので、その女性と勤務時間外にしっかり話し合って下さい」

「だからルイーズ先生に御相談してるんです」

「……ですから、無理だとお答えしました」

「何故ですか」

「それはこの3日間ずっとお伝えした通りです。私は婚約破棄したばかりで、マチアス大佐には婚約者様がいらっしゃり、その方は父も大変お世話になっているエドゥアルド公爵家のご令嬢ソフィア様で、誠に僭越ながら何の身分も無い私を友人と認めて下さっている方で、私にとっても、とても大切な方です」

「僕の聞きたい所はそこではないのです」

今日の大佐は、今まで以上に執拗で、急に立ち上があがったかと思うと、立て板に水の如く言い放ったルイーズの方へ一歩近付いた。

思わずルイーズも立ち上がり逃げようと後ずさるも、事務机があって行き詰まる。

「あなたは、僕が嫌いですか? 話すのも、目を見るのも苦痛ですか?」

「い、いえ、そういう訳では……」

「では結婚してくれますか?」

「無理です!」

「何故ですか? 僕のあなたに抱く愛情程ではなくても、少しは好意を抱いてくれているから、こんな風に可愛く目を潤ませて赤面しているのでは?」

「っ……」

ルイーズは何も言えなくなってしまう。

大佐は、騎士団の中でも将来の団長候補第一位で、若くして大佐にまであっという間に登り詰めた。

容姿端麗、騎士としての将来性も抜群、こんな風に迫られて心が揺れない女性が居るだろうか。


ルイーズは訓練中の怪我の対応の為に雇われた医師だったが、数日前に団長から直々に「ミューラー大佐がどうも精神的に参っている。彼を失うことは国家にとっての損失だ。彼の回復に努めてくれ。間違っても退団などと言う選択をさせないように」とお達しが来て、大佐のカウンセラーを引き受けさせられた。

二週間前に大佐からのプロポーズを断っていたから嫌な予感はあったが、彼の悩みの原因がまさか本当に自分とは思っていなかった。

しかし婚約者は自分の親友だ。

到底受け入れられる訳がない。

「ルイーズ、お願いだから何か言って下さい」

いつもは硬派なダークブルーの瞳が揺れて、懇願するように光る。

ルイーズはいつの間にか事務机に後ろを阻まれ、左右は大佐の腕に塞がれていた。

「……どうしたら良いって言うのですか、私は親友を裏切りたくありませんし、たとえあなたに好意を抱いていたとしても、婚約者の気持ちも無視して好き勝手に生きようとするあなたにはもう同じ気持ちは抱けません」

ルイーズはとうとう思いの丈を語ってしまった。

「それだけですか?」

「は?」

「あなたと僕の間にある障害はそれだけで、それがなければ、あなたは僕と生きてくれますか?」

大佐は薔薇色に肌を上気させたルイーズの額にキスをする。

「な、それだけって、大事なことです、って言うか、どさくさに紛れてキスしないで下さい!! 呼び捨てもやめて下さい」

ルイーズは思わず叫びそうになりながら、どうにか声を落とす。

「じゃあ今度の日曜日に、ソフィアの家で会いましょう」

「何故ですか?」

「話し合いです。来ないと僕は退団します」

それだけ言うと、大佐はルイーズから離れて、退室した。

ルイーズは少し濡れているような気がする額に手をあてて、しばらく呆然としていた。



翌朝の金曜日も翌々日の土曜日も、大佐はやって来なかった。

それが返って日曜日に必ず来いと言われているような、無言の圧力を感じた。

日曜日の午後、足を引き摺るような気持ちでソフィアの屋敷に向かう。

(何度来ても素敵なお屋敷だわ。それに執事のハーミット様も相変わらずすごく格好良い! ブロンドに紫がかった碧眼なんて、完璧すぎる。おまけに物腰も柔らかで上品、声も良い。癒される……)

ルイーズがソフィアに会いに来るときに、密かに楽しみにしているのが、執事のハーミットに会えることだった。

恋愛感情とは違うけれど、執事と言えば大抵60代の男性が多いのに、ハーミットは恐らく30代前半、社交界でも令嬢達の噂になる程の美男子だ。

「ルイーズ様、こちらでございます。」

ハーミットに通された客間にはもうソフィアと大佐がいた。

「お待たせしてすみません。ソフィア、ミューラー大佐、こんにちは」

ルイーズが謝罪すると、ソフィアが陽気な笑顔で迎えてくれる。

「ルイーズ、ご機嫌よう。気にしないで、マチアスも今来たのよ」

「ルイーズ、こんにちは。それから、僕の名前はマチアスです。こないだお願いしました」

もはやマチアスに何か物申す元気はない。

ハーミットが視界の端で礼をして退室しようとするのが見えた。

「ハーミット、待ちなさい。貴方もここへ」

すかさずソフィアが呼び止める。

「わたくしも同席するのですか?」

「えぇそうよ。これは天下分け目の大舞台」

「え、ソフィア、それはどういうことなの……?」

ブルネットを優雅に結い上げているソフィアのピンクルビーの瞳がギラギラと燃えている。

ハーミットは3人の座るソファの近くに立つ。

「マチアスから大体の話は聞いたわ。

それで私から、いえ、私とマチアスから、あなた達に提案があるの」

「あなた達……?」

ルイーズは話の行き先が全く見えない。

「つまりね、私はハーミットと生きたい。マチアスはルイーズと生きたい。だから、私達、婚約を解消するわ」

「お待ち下さいお嬢様、冗談でも酷すぎます。」

「そうです、ソフィア様。貴族同士の婚約がそんなに簡単に解消出来ないのはソフィア様が一番ご存知では……」

「えぇ、そうね、ルイーズ。それで随分時間が掛かったわ。でもね、やっと全てが整ったの。

つい一ヶ月前にハーミットを養子にしてくれるって言う遠縁の親戚が見つかったの。そうしたらハーミットにも爵位が付いて、お父様にも許しを得られるわ。

それにマチアスは2週間前に団長から副団長にならないかって打診を受けたの。それで、それを受ける代わりに自分の好きな人と結婚する許可を、騎士団の長である王太子様に頂いたの。

まぁ一言で言って大団円ね」

横で大佐はうんと深くうなずく。

ハーミットは何も知らなかったのか、驚きのあまり、固まっている。

「私、深窓の令嬢で、世間のことには疎いけど、貴族のことはそれなりに知っているつもりよ。ふふ」

「お嬢様……」

ハーミットはやっと我に返って主人をたしなめる。

「そう言う訳なので、ルイーズも遠慮なくマチアスと幸せにね。ごめんなさい、私これから夜会の準備があるの。今度またゆっくり会いましょう。今日の所はマチアスにじっくり付き合ってあげてね」

ソフィアは満面の笑みでハーミットを連れて部屋を出ていく。

残されたルイーズと大佐はそれぞれ無言だったけれど、ルイーズは頭を抱え、大佐はニコニコしていた。

「とりあえず……お屋敷を出ましょう」

「そうですね」

一度はソフィアに連れて行かれたハーミットはいつの間にか見送りに来てくれていた。

別れの挨拶をして屋敷を後にする。

「マチアス大佐は、宿舎に?」

「もしルイーズにお時間があれば、お茶でもしませんか?」

「え?」

「ソフィアの家ではお茶を飲みそびれたし、今日は休日でしょう? 

あなたのことをもっと知りたいし、僕のことももっとあなたに知ってほしい、チャンスを下さい」

大佐にしては珍しく強引でない誘い方なので、ルイーズは彼とお茶をすることにした。

大佐は町で話題の、でも高級なので混むことが無いサロン ドゥ テに迷うことなくルイーズをエスコートする。

「いらっしゃいませ」

店員は大佐の顔を見ると何も言わず、二階の個室に通された。

中はオフホワイトの壁に、ゴールドに装飾された蔦やバラのレリーフがあしらわれていて、居心地の良い空間だった。

「素敵な場所ですね。」

「実はたまに団長のお供で来てるんです。」

「え、団長の??」

「はい、団長は甘いものが大好きで、一人は恥ずかしいし、下手に女性と行くと後々面倒だからって、何人か騎士団の部下を連れて来るんです。僕と二人きりもあらぬ疑いが掛かりますから」

「ぷっ」

ルイーズは思わず紅茶を吹き出しそうになった。

「団長さん、可愛い方なんですね。なんだか中世の騎士道をそのまま背負って生きてるような方だから、甘いケーキを召し上がるなんて、びっくりです」

「はい。あの人も早く結婚出来ると良いんですが」

「団長なら引く手あまたじゃありませんか?」

「それってルイーズの好みということですか?」

大佐が若干眉間に皺をよせる。

「い、いえ、あくまで一般論と言うか、想像です。そうなんじゃないかなって。あ、でも妹は格好いいって言ってました。」

「妹? 妹さんがいるんですか? きっとルイーズに似て可愛いんでしょうね。」

「ちょっと止めて下さい、妹に手を出したら、いくらマチアス大佐でも許しません!」

おっとりしたルイーズがいきなり怒ったのでマチアスはびっくりした。

「そんなこと絶対しません。僕が好きなのはルイーズだけですから」

マチアスはテーブルの上のルイーズの手を持ち上げて口付けをした。

「ルイーズ、僕が好きなのはあなただけです。愛しています」

正面からまっすぐ見られて、ルイーズの心が大きく揺れた。

(こんなのずるい、ドキドキして、好きなのかもって思っちゃう……ううん、と言うか多分、初めて見た時から本当は……)

「あの……実は私、マチアス大佐のこと、存じ上げてました。2年前から」

気がついたら、ルイーズは一生言わないでおこうと思ったことを話始めていた。

「え……!?」

大佐はびっくりしてルイーズを穴が空くほど見ている。

「2年前に騎士団にやって来た時、まだ右も左も分からなくて、仕事も思うように行かず、ちょっと落ち込んでいたんです。家族には、女なんだから、無理して働かず結婚しろと言われていました。それに反抗して働き出したのに、めげそうな自分が悔しくて。

そんなある日、朝早くに目が覚めて早目に仕事に行ったんです。

そうしたらもう庭で鍛練している騎士さんがいました。

まさかと思って次の日も朝早くに行くと、やっぱりいたんです。

その人は一人で、まだ朝もやの中、必死に精進している。

それで私も頑張ろうって思えました。

それから少しすると、その騎士さんのお仲間達も鼓舞されたのか、練習に加わるようになって、今では騎士団の朝の風景になっています。

その騎士さんがマチアス大佐です。

あの時は、ありがとうございました。」

ルイーズがお礼を言うと、マチアスはうつむいてから、恥ずかしそうに髪をかきあげた。

「あの、今、ものすごくルイーズ抱き締めたいんですが……」

「えっと……抱き締めるだけなら……」

言うやいなや、マチアスはルイーズの側まで来ると横抱きにして自分が椅子に座り、彼女を自分の膝の上に座らせて、抱き締めた。

「今、僕はあなたを不快にしていますか?」

至近距離で座ったことで、いつもの身長差が減って、お互いの顔がすぐにキスできそうな程近く、しかもそれを二人とも悟っている。

「いえ、全然……不快なんかではないです」

ルイーズはおそるおそるマチアスの首に腕を回した。

自分の腿の裏に当たるマチアスの筋肉質な脚が想像以上に硬くて、ドキドキする。

「キス、しますよ、それ以上近付くと」

耳元でいきなりささやかれて、腰がくだけそうになる。

「するつもりじゃなかったんですか?」

強がって言ったルイーズの声は少し震えた。

「あなたはまたそんな甘い声で……」

溜め息をついたマチアスは、ルイーズのおとがいをつまむと、そのぷっくりとした薄桃色の唇に口付けた。

最初はナイトのような、神聖で、紳士的なキス。

ルイーズがゆっくり瞳を閉じたので、2度3度と唇を奪い、その後は唇の中も奪い、貪った。

「ん……あっ……」

ルイーズはどんどん深くなるキスに、マチアスにしがみつくのもやっとな程、蕩けてきてしまう。

「マチアス大佐……ちょっと……待って……くださ……」

「……ルイーズ、あなたはこんなに親密なキスを交わした後でもそんな風に僕を呼ぶのですね」

「すみません、なんというかつい……

ごめなさい、マチアス……」

「やっと僕の名前だけを呼んでくれましたね」

マチアスが嬉しそうに再びルイーズへのキスを再開しようとすると、

「あっそう言えば!!」

ルイーズはロマンチックな雰囲気をぶち壊すような大きな声をあげた。

「すっかりお伝えしそびれていました! 副団長への御昇進、おめでとうございます!」

「今する話題では……

ありがとうございます。それもこれもルイーズのお陰です」

「私の?」

「はい。さっきの朝練の話、失望されそうですが、実はルイーズに恋をして、婚約者が居るって知って、その相手より出世してやるんだって、しゃかりきになって始めたんです。でもこうしてルイーズにキス出来たという事は、無駄ではなかったと言うことですね」

「そう……ですね」

ルイーズはもう己の恋心を認めざるをえなかった。

今朝までは、叶うはずもないとあきらめていたけれど、ソフィアにも好きな人が居たのだと知って、心がすっと軽くなった。

そうしたら、マチアスを好きな気持ちがどんどんじわじわと胸に広がった。

「ねぇルイーズ、いつ結婚してくれますか?」

「え、ええと……準備が整えば、明日にでも?」

そう言うと、今まで見たこともない程嬉しそうに微笑んだマチアスが、ルイーズの手を引くと、「これからご両親にご挨拶に行きたいのですが」と言った。

「それは別に構わなのですが……」

「ですが?」

「あの、最初に気付くべきでしたけど、マチアスは貴族なのですよね?  ソフィアと婚約していたと言う事は……そうなると平民の私との結婚は難しいかと……」

「黙っていてすみませんでした、実は団内には団長しか知る人は居ませんが、僕は現王太子の腹違いの兄です。ですが、愛妾の息子である僕には王位継承権はありません。いずれ何らかの高位の爵位を継がされるかもしれませんが、今は伯爵です」

「そ、そんな……なぜそんな大事なことを今言うんですか?」

ルイーズは衝撃のあまりマチアスが握った手を離そうとしたが、マチアスに逆に手を引かれて胸に飛び込んでしまう。

「黙っていたこと、すみませんでした。でもルイーズには僕自身を見て欲しかった。身分なんて言う事を理由にルイーズに振られたくなかったんです」

「マチアス……」

「お願いです。僕と生きて下さい。ルイーズ」

「……少しずつ、少しずつ努力します。それでもやっぱり無理なら、この婚約は無かったことにして下さい」

ルイーズはマチアスの背中に腕を回した。

細く見えて鍛え込んでいるマチアスを完全に抱え込む事は出来なかったけれど、その分、マチアスがルイーズをきつく抱き締めてくれた。



その日のうちにルイーズの実家に行き、婚約したい旨を伝えると、両親は小躍りしそうな勢いで喜び、妹は「お姉ちゃん、こんなかっこいい人、どうやって落としたの?」と100回位聞いてきて、その度に「僕が先にお姉さんに恋に落ちたんです」とマチアスが答えた。

宿舎への帰り、ルイーズはやっぱり気になってマチアスに聞いた。

「マチアスのご家族には、ご報告しなくて大丈夫ですか?」

「結婚の許可ならもうもらっています。家族への挨拶と言う意味では……まぁ僕があそこに行くと色々複雑なので、機会があったら行きましょう」

ちょっと切なそうに微笑んだ。

「マチアスのお母様は、お城にいらっしゃるんですか?」

「いえ、僕が12の時に亡くなりました」

「そうだったのですね……ごめんなさい……」

「いえ、大丈夫です。もうあれから12年も経っています。それに、今はもう家族になりたいと思える大切な人に出逢えましたから」

そう言って、ルイーズの手をぎゅっと握った。

「ルイーズ、あの、嫌だったら言って下さい。でももし……」

「嫌じゃない……」

「え?」

「嫌じゃないです。」

「え、僕がこれから言うこと分かってますか?」

「はい。多分。

私がまだ、誰とも、一度も、したことない事……ですよね?」

はにかむルイーズの笑顔は無垢なのに、ひどく色っぽくて、マチアスは密かに喉を鳴らした。




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