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6、君が好き

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「魔法省のパーティー?」

「うん、来週の金曜の夜なんだけど、一緒に来てくれる?」

「うん、その日は予定も無いし大丈夫だよ」

「良かった! 今まで皆パートナー同伴で来てて、僕だけ一人だったからちょっと肩身が狭かったりしたんだけど、こんなに可愛いクレアが来てくれたら、みんなビックリして羨ましがるだろうなぁ」

「いや、それはない、むしろこんな大したこと無い奴でって別な意味で驚かれる……」

「またそういう事言って。なんでクレアは僕の言うこと信じてくれないの?」

リヒトの顔が近付いてくる。

「分かった分かった、信じる、信じるから外でキスを迫るのはやめてってば……んん──」

リヒトは周りの目を気にしないのか、事ある毎にキスしようとして来るが、クレアはそれが嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。




約束の金曜日まで時間があったので、数日間いつもより念入りに肌のお手入れ等をしてみた。

(ちょっとでもリヒトに釣り合える様に今日まで頑張ってはみたけど……焼け石に水だったかな……)

玄関の姿見の前で全身をチェックしてみる。

内輪のごくごく小さなパーティーだそうなので、それ程着飾るのもおかしいかと思いつつ、髪はアップにしてドレスも総レースの黒いシックな物を選び、10センチのピンヒールは多分、2年振り位に履いた。

壁掛けの時計は7時30分を指している。
もうすぐ迎えに来てくれるはずだ。

「あ、ネックレス」

今朝お風呂に入った時に外して、着け忘れたまま出勤してしまっていた。

慌ててバスルームに戻ってネックレスを着けていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

「クレア、遅くなってごめん」

リヒトの声にクレアは胸が高鳴る。

扉を開くとタキシード姿のリヒトが立っていた。
いつもはそのままで無造作な前髪も、今日は後ろに流していて、何とも言えない色気が漂っている。

(これは……永久保存版的な出で立ち……カッコいいを通り越して最早尊い……)

クレアはリヒトのカッコ良さに、感動すら覚えてしまう。

見とれるクレアにニコッと微笑むリヒト。

「クレア、すごく綺麗! いつも綺麗だけど、今日は一段と綺麗で思わず──」

「思わず?」

言い掛けて急に止まったリヒトにクレアが聞き返すと、「何でもない、ごめん、今の無し……」と視線を逸らされた。

「……? そう言うリヒトもすっごくカッコいいよ! 王子様みたい。あ、王子様なのか、実際……」

急に改めて身分の違いを思い出してちょっと凹むクレア。

「違う違う、僕は単なる王の甥っ子だから。それにクレアこそお姫様みたいだよ。でも色んなお姫様に会ったけど、クレア程可愛くて綺麗なお姫様には会ったこと無い」

「単なる王の甥っ子って……やっぱり貴族の男性は女性へのお世辞の勉強とかもするの? 毎回思うけど、リヒトの褒め方って慣れてるよね……」

リヒトはいつも手放しで褒めてくれるけれど、それを言葉通り受け止められない臆病な自分が居る。

「お世辞じゃなくて本心だよ。王族ってだけで、いつもどうでもいい女性に言い寄られて、社交の先生からは「兎に角お相手の女性を勘違いさせるような事だけは口にしてはいけません」って事ばっかり言われてた。だからお世辞の練習なんてしてないよ」

「それはそれで凄いね……」

想像の斜め上を行くリヒトの回答に、クレアは驚きを通り越して感心すらしてしまう。

「それよりそろそろ行こう! 遅れると美味しい料理から、どんどんなくなっちゃうんだ!」

クレアの手を引いて外へ出ようとするリヒト。
が、急にクルっと振り向く。

「どしたの?」

「出掛ける前にクレアにキスしたいって思ったけど……せっかく綺麗にお化粧してるから……今は我慢する」

そう言って下唇を噛むリヒト。

「お気遣いどうも……」

クレアは『王子様』が急に見せた男の部分に胸がキュンキュンし過ぎて、鍵を掛けずに出掛けようとしてリヒトに心配された。




二人はリヒトの移動魔法であっという間に魔法省の玄関口に着いた。

「魔法省って初めて来たけど、まるでお城みたいだね」

「うん、二百年前まで王宮だったんだけど手狭になったらしくて、代わりに魔法省が使うようになったんだ」

「そうなんだ、通りで荘厳だわ……」

こんな壮大な元お城で開かれるパーティーならどんなに小規模でもきっとすごく豪華なはずだ。

出掛ける前は自分のドレスが気合い入り過ぎてるかもと心配したが、今となってはこれでは十分では無いような気がして来る。

「クレア、早く行こう。皆もクレアに会いたがってるよ。特にゲイル先輩」

リヒトは心なしかはしゃいでいる様に見えた。






(軍人さんみたいだったな……)

リヒトの上司に当たる『ゲイル先輩』は、身長が190センチは有りそうで、筋肉隆々でワイルドな見かけの男性だった。

アロマキャンドルと魔法を介して人々を癒すと言うのから、何となく線の細い柔和な人を思い浮かべていた。

ゲイルの他にもリヒトに次々と魔法省の人を紹介されたけれど、一回ではとても覚えきれそうにない。

その中でもゲイルのインパクトは大きかった。

リヒトと出逢わせてくれた人と言うのもあるのかもしれない。

リヒトが言うには今現在、国一番の魔法使いなのだそうだ。

「戦闘力はどのくらいなのかな……」

リヒトが同僚と話しているのを眺めながら、ゲイルの上腕二頭筋の逞しさを思い出す。

お酒が回って来て少しくらくらする。その上慣れないピンヒールに足が悲鳴を上げ始めていた。

広間の端に長椅子が何脚か置いてあるの見つけて、そこまで何とか歩いて行くと、腰掛けてほっと息をついた。

皆、顔見知りなのか、パートナーも交えて楽しそうに歓談している。

「お隣、宜しいですか?」

急に声を掛けられてビックリして見上げると、世にも美しい男性がクレアの方を見て微笑んでいた。

「どうぞ」

クレアは少し端に寄って男性に席を譲る。

「どうもありがとうございます」

男性は優雅な仕草でクレアから少し距離を取って座ると、爽やかな笑顔のまま言い放った。

「リヒト様の事は本気でいらっしゃいますか? そうでないなら、今すぐ別れて頂きたいのです。」

「えっと、貴方は……どなたですか?」

「失礼致しました、クレア様、私はリヒト様の執事のクロードと申します。」

(名前を知られているのは、調べられたのか、それともリヒトが言ったのか……)

クレアは先程までぼーっとしていた頭が急に覚醒するのを感じた。

「リヒトさんとは真剣にお付き合いしています。ですが私が居ることでリヒトさんの将来に影が差すのであれば、今この場を去り、二度とリヒトさんの前には姿を現しません」

クレアは付き合い始めた時から、いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。

世の中にはどうにもなら無い事の方が多い。

まして王族と庶民が付き合うなど、あり得ない事だったのだ。

クレアはクロードの返答を待たずに立ち上がると、痛む足を無視して広間の出口に向かってやや早足で歩き始めた。

「クレア様、お待ち下さい──」

クロードが引き留める声が聞こえたが、何だかもうどうでもいい気がした。

所詮、自分はリヒトと釣り合わない。

だけど、それを誰かにきっぱり言ってもらうまでズルズル、ダラダラしてしまっただけの事だ。

(ここから一番近いのはハリエットの家かな、靴貸してもらおう……)

「──ア、クレア、待ってクレア!」

広間を出て廊下を歩いていた所でリヒトに腕を掴まれる。

「リヒト……」

「クレアが急に出ていったからビックリして追いかけて来た。なんで泣いてるの?」

リヒトはクレアを心配そうにのぞきこむ。

「ごめん、リヒト、帰らせて。」

「うん、じゃあ帰ろう。」

「そうじゃなくて……私、一人で帰りたいの……」

「何で、何があったの?」

「何でもない、疲れちゃっただけ……」

「クレア……僕、また何か間違えたんだね……ごめん」

「違うの、リヒトのせいじゃない! でも元々無理だったんだよ、私達……違いすぎる……」

「同じだよ。僕はクレアが大好きで、クレアも僕を好きって言ってくれた。こんな奇跡みたいな"同じ"って、なかなか無いでしょ?」

泣きそうな顔で同意を求めるリヒトを見れなくて、クレアはリヒトの腕を振りほどいて、その場から駆け出した。



結局、友人に靴を借りることもせず帰路に着いた。

痛む足の事なんてどうでも良くなっていたし、家迄どうやって戻ったかも覚えていない。


急にパートナーが帰ってリヒトに気まずい思いをさせただろうか。

でももう謝る機会すらない。

お風呂に入ってメイクも何もかも落とすと、塞き止めていた涙が止めどなく溢れて来た。

(一ヶ月のお試し期間が終わって別れた、ただそれだけの事……)



お風呂から上がって少し気分が落ち着いて来たけれど、悲しみは消えない。

この一ヶ月、リヒトの事ばかり考えていたけれど、ここから先はさらに考えてしまいそうだ。

「忘れるのに、どのくらい掛かるんだろう……」

クレアはふと壁に掛かったカレンダーを見た。

あと四日でリヒトの誕生日だった。



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