38 / 46
第一章
38、もどかしい順番
しおりを挟む
(やっと、デザートだ……)
物心付いてから前菜、メイン、デザートの流れは何度も経験しているが、今日ほどこの工程をまどろっこしく思ったことはない。
遠征中の食事なんて、身体を酷使していても毎回粗末なものだ。
それに慣れているから、朝、昼ときちんと食べていれば、夕食をシンプルにしても自分はなんともない。
けれどエレオノーラは食が細いから、きちんと毎食食べてもらわないと、瞬く間に痩せ細って貧血にもなりそうだ。
「私をルドのものにして下さいね……?」
そう言った今朝のエレオノーラは、羞恥で赤く染まり、自分がした執拗なキスのせいで唇も瞳も潤んで、男を欲情の沼に突き堕とす、無意識に手練れな天使だった。
日中、無表情に仕事をこなしながらも、エレオノーラのつやつやした肌の感触や、うなじの甘い香り、心地よい声を何度も思い出した。
正直、仕事を終えて夕食を取らずにそのままエレオノーラを寝室に閉じ込めたかった。
目の前で、これから起こる事を思ってか、いつもより視線を合わせてくれないエレオノーラがデザートのケーキにフォークを差す。
ルートヴィッヒは甘いものは滅多に食べないので、エレオノーラがデザートを食べている時は食後酒を嗜むことが多い。
自分なら2口で終わるケーキをエレオノーラは小さな口で少しずつ堪能している。
(この唇でいつか俺のを──)
ルートヴィッヒは無垢なエレオノーラを前に自分がヒドい妄想をしているのに気付いて愕然とする。
(今日は絶対に、最初から最後まで紳士的に優しくしなければ。エレオノーラの初めての夜なのだから……)
ルートヴィッヒはしどけない妄想の合間に朝から幾度となく自分に言い聞かせた言葉を呪文の様に繰り返した。
やっといつも通りの、体感は100倍の長さの夕食が終わった。
「ルド、私、その……湯浴みをしてまいりますので、寝室でお待ちいただけますか?」
「分かった」
食堂を出て夫婦の寝室の前で一度別れた。
エレオノーラと結婚してから何度も開いたこの扉が、今日は開けたら何だか違う世界に繋がっているような気がする。
アラベスクの刻まれた扉を開けて、毛足の長い絨毯を踏み進み、暖炉の中に薪を数本くべながら、ルートヴィッヒは自嘲した。
14歳になった時に初めて父から女性をあてがわれてから、今まで何人もの女性を抱いた。
己の性欲のせいで敵国につけ込まれないように、定期的に女性を抱くのは、国境を統治するフェルデン家の跡継ぎに生まれた者にとっては殆ど義務のようなものだった。
最初こそ興奮したり、緊張したり、快楽に溺れたりしたが、すぐに慣れてしまい、次第に女性に身体を開かせる自分に心底嫌気が差した。
相手の女性に失礼な態度も取りたくなかったけれど、優しくすれば相手に勘違いさせてしまう。
2日置きだったのが4日、5日置きとなり、エレオノーラと知り合う頃には十日に一度、お互いに割り切った関係でいられる女性と過ごす程度だった。
コンコンと控えめな音がして、寝室の壁にある扉が開く。
現れたエレオノーラはガウンの下に精緻なレースが胸元と裾にあしらわれた純白の薄いナイトドレスを着ていた。
長い髪はふんわりと左側にまとめられて、白いうなじがガウンの襟からのぞいている。
「お待たせ、しました……」
物心付いてから前菜、メイン、デザートの流れは何度も経験しているが、今日ほどこの工程をまどろっこしく思ったことはない。
遠征中の食事なんて、身体を酷使していても毎回粗末なものだ。
それに慣れているから、朝、昼ときちんと食べていれば、夕食をシンプルにしても自分はなんともない。
けれどエレオノーラは食が細いから、きちんと毎食食べてもらわないと、瞬く間に痩せ細って貧血にもなりそうだ。
「私をルドのものにして下さいね……?」
そう言った今朝のエレオノーラは、羞恥で赤く染まり、自分がした執拗なキスのせいで唇も瞳も潤んで、男を欲情の沼に突き堕とす、無意識に手練れな天使だった。
日中、無表情に仕事をこなしながらも、エレオノーラのつやつやした肌の感触や、うなじの甘い香り、心地よい声を何度も思い出した。
正直、仕事を終えて夕食を取らずにそのままエレオノーラを寝室に閉じ込めたかった。
目の前で、これから起こる事を思ってか、いつもより視線を合わせてくれないエレオノーラがデザートのケーキにフォークを差す。
ルートヴィッヒは甘いものは滅多に食べないので、エレオノーラがデザートを食べている時は食後酒を嗜むことが多い。
自分なら2口で終わるケーキをエレオノーラは小さな口で少しずつ堪能している。
(この唇でいつか俺のを──)
ルートヴィッヒは無垢なエレオノーラを前に自分がヒドい妄想をしているのに気付いて愕然とする。
(今日は絶対に、最初から最後まで紳士的に優しくしなければ。エレオノーラの初めての夜なのだから……)
ルートヴィッヒはしどけない妄想の合間に朝から幾度となく自分に言い聞かせた言葉を呪文の様に繰り返した。
やっといつも通りの、体感は100倍の長さの夕食が終わった。
「ルド、私、その……湯浴みをしてまいりますので、寝室でお待ちいただけますか?」
「分かった」
食堂を出て夫婦の寝室の前で一度別れた。
エレオノーラと結婚してから何度も開いたこの扉が、今日は開けたら何だか違う世界に繋がっているような気がする。
アラベスクの刻まれた扉を開けて、毛足の長い絨毯を踏み進み、暖炉の中に薪を数本くべながら、ルートヴィッヒは自嘲した。
14歳になった時に初めて父から女性をあてがわれてから、今まで何人もの女性を抱いた。
己の性欲のせいで敵国につけ込まれないように、定期的に女性を抱くのは、国境を統治するフェルデン家の跡継ぎに生まれた者にとっては殆ど義務のようなものだった。
最初こそ興奮したり、緊張したり、快楽に溺れたりしたが、すぐに慣れてしまい、次第に女性に身体を開かせる自分に心底嫌気が差した。
相手の女性に失礼な態度も取りたくなかったけれど、優しくすれば相手に勘違いさせてしまう。
2日置きだったのが4日、5日置きとなり、エレオノーラと知り合う頃には十日に一度、お互いに割り切った関係でいられる女性と過ごす程度だった。
コンコンと控えめな音がして、寝室の壁にある扉が開く。
現れたエレオノーラはガウンの下に精緻なレースが胸元と裾にあしらわれた純白の薄いナイトドレスを着ていた。
長い髪はふんわりと左側にまとめられて、白いうなじがガウンの襟からのぞいている。
「お待たせ、しました……」
0
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる