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27、突然の帰郷
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ウィリアムとの別れを、いずれやって来る痛みの予感を、すぐそばに感じながらベックマン侯爵家の屋敷で目を覚ました。
それはフェリシアがクリスティーナを訪ねて来た二日後の事だった。
朝早くから母が落ち着かない様子でクリスティーナの部屋にやって来た。
「ティナ、起きて」
朝霞も晴れる前の早い時間、ティナはまだ布団の中から出たくなくてモタモタしていた。
「もうほぼ起きてる……お母様、どうしたの?」
回らない頭でセレスタに答える。
「パパが破産したって……、さっき電報が届いたの」
「えっ! そんな、うそでしょ……」
元々羽振りの良い家ではなかったけれど、破産となれば、それは全然次元の違う話だ。
「私は今からすぐに帰るから、ティナは体調が良くなってから帰って来て」
気丈には振る舞っているけれど、慌てている様子から、母親が動揺しているのは明らかだ。
「私はもう大丈夫。お母様と一緒に戻るわ」
すっかり目の覚めた声でそう言うと、すぐに着替えて荷造りを始めた。
ベックマン侯爵婦人に急な出発を詫びて、ウィリアムへの手紙を託すと、クリスティーナとセレストは馬車に飛び乗るようにして帰路に着いた。
逸る気持ちを何とか押し込めながら半日掛けて実家の屋敷に母と戻ると、男爵は書斎で書類の山に囲まれ呆然としていた。
「お父様、ただいま戻りました」
クリスティーナに続いてセレスタも書斎に入ってくる。
「ティナ、セレスタ……驚かせてすまない」
「そんなことはいいのです、それよりも破産したって一体…」
「正確には破産寸前、と言うべきなのかもしれないのだが……」
父親は言葉を濁す。
「それではまだ完全に行き止まりと言うことではないのですね?」
書類上はまだ妻であるセレスタはクリスティーナの後ろに立ちながらも、冷静に状況を把握しようとしている。
「あぁ、まだ完全には……だが、取引先の銀行が融資を一斉に断ってきた。今月末で融資を絶つと」
「そんな、新しい農地開拓と総合病院設立への融資は半年前に通ったばかりではないですか。もう病院の建設は始まっているし、農地の地質の分析費用だって……それにそろそろ拡大される農地の為に迎え入れる村人への誘致の事だって……」
クリスティーナは父だって十分に分かっている問題をつい並べ立ててしまう。
「でもここには私達以外居ない、ということはまだ回避できる道があると言うことですか?」
部下達の居ない部屋で落ち着いた声で尋ねるセレスタ。
今朝は大分狼狽していたが、落ち込む夫を見て冷静さを取り戻して来ていた。
「あるには、ある……」
消え入りそうな父親の声。
「お父様、それはどんな方法ですかっ?」
こちらを一切見ようとしない父親に、クリスティーナは瞬時に理解した。
「──どなたの元へ嫁げばよろしいのですか?」
耳に届いた自分の声は小さくも大きくもなく、肝の据わった母親に案外似ていると思った。
「ティナ、あなたが犠牲になることないわっ」
父が何か言うよりも先に、今度はセレスタが取り乱した。
「貴方はウィリアム様と──」
「お母様、私はウィリアム様と結婚はしません。出来ません。だから、これは良い機会だと思います。もし私を貰ってくださる方がいるなら。それに、今回の事業には多くの人の人生が、命が掛かっています。その為に婚姻を結べるなら、本望です」
クリスティーナは自分の言葉のどこにも嘘がないのを感じた。
自分の責任だけれど、ウィリアムへの不毛で消えてくれない恋心に疲れてもいた。
ウィリアムの声も、瞳も、体温も、言葉も、熱も、全部忘れられない。
こんなことなら、あの日、馬車の中でウィリアムの物にしてくれたら良かった。
けれどそしたら今よりもっと辛かったかもしれない。
だから、全部これで良かったのだ。
クリスティーナはどこまでも悲しくて、だけどホッとした。
それはフェリシアがクリスティーナを訪ねて来た二日後の事だった。
朝早くから母が落ち着かない様子でクリスティーナの部屋にやって来た。
「ティナ、起きて」
朝霞も晴れる前の早い時間、ティナはまだ布団の中から出たくなくてモタモタしていた。
「もうほぼ起きてる……お母様、どうしたの?」
回らない頭でセレスタに答える。
「パパが破産したって……、さっき電報が届いたの」
「えっ! そんな、うそでしょ……」
元々羽振りの良い家ではなかったけれど、破産となれば、それは全然次元の違う話だ。
「私は今からすぐに帰るから、ティナは体調が良くなってから帰って来て」
気丈には振る舞っているけれど、慌てている様子から、母親が動揺しているのは明らかだ。
「私はもう大丈夫。お母様と一緒に戻るわ」
すっかり目の覚めた声でそう言うと、すぐに着替えて荷造りを始めた。
ベックマン侯爵婦人に急な出発を詫びて、ウィリアムへの手紙を託すと、クリスティーナとセレストは馬車に飛び乗るようにして帰路に着いた。
逸る気持ちを何とか押し込めながら半日掛けて実家の屋敷に母と戻ると、男爵は書斎で書類の山に囲まれ呆然としていた。
「お父様、ただいま戻りました」
クリスティーナに続いてセレスタも書斎に入ってくる。
「ティナ、セレスタ……驚かせてすまない」
「そんなことはいいのです、それよりも破産したって一体…」
「正確には破産寸前、と言うべきなのかもしれないのだが……」
父親は言葉を濁す。
「それではまだ完全に行き止まりと言うことではないのですね?」
書類上はまだ妻であるセレスタはクリスティーナの後ろに立ちながらも、冷静に状況を把握しようとしている。
「あぁ、まだ完全には……だが、取引先の銀行が融資を一斉に断ってきた。今月末で融資を絶つと」
「そんな、新しい農地開拓と総合病院設立への融資は半年前に通ったばかりではないですか。もう病院の建設は始まっているし、農地の地質の分析費用だって……それにそろそろ拡大される農地の為に迎え入れる村人への誘致の事だって……」
クリスティーナは父だって十分に分かっている問題をつい並べ立ててしまう。
「でもここには私達以外居ない、ということはまだ回避できる道があると言うことですか?」
部下達の居ない部屋で落ち着いた声で尋ねるセレスタ。
今朝は大分狼狽していたが、落ち込む夫を見て冷静さを取り戻して来ていた。
「あるには、ある……」
消え入りそうな父親の声。
「お父様、それはどんな方法ですかっ?」
こちらを一切見ようとしない父親に、クリスティーナは瞬時に理解した。
「──どなたの元へ嫁げばよろしいのですか?」
耳に届いた自分の声は小さくも大きくもなく、肝の据わった母親に案外似ていると思った。
「ティナ、あなたが犠牲になることないわっ」
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