待ちぼうけ男爵令嬢の初恋は終了しました

灰兎

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17、蟻地獄、セッティング完了

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まるでお姫様にでもなったんじゃないかとクリスティーナが錯覚しそうになる程、優雅でスマートなエスコートで馬車にのせてくれたウィリアムは、さっきからずっと目をキラキラさせている。

「ティナ、とっても綺麗だよ」

会ってからまだ10分も経っていないのに、100回は聞いた気がする。

「ティナの隣に座りたいけど、向かいに座った方がティナの可愛いドレス姿がよく見えるかな」

と独り言なのかよく分からない声量で話すウィリアム。

クリスティーナはいつもよりさらにイケメンなウィリアムに、気を許すと見惚れてしまいそうで、目のやり場に困っている。

「でも、せっかくティナと二人っきりの密室だから、出来るだけ側にいたいな」

かっこ良すぎて、見たいけれど見たくない。そんなクリスティーナの葛藤に気付かないウィリアムはクリスティーナの真横に座った。
二人きりになるとキスだってされているのに、未だに側に来られるだけで緊張してしまう。

「ティナ、大丈夫?」

「ウィ、ウィルは慣れていると思うけど、私は父以外の男性と二人きりになることなんて無いのだから、緊張するわっ」

「ヒドイなぁ。僕だって緊張してるよ。ほら、ね?」

クリスティーナの手を自分の首筋に持っていく。

ウィリアムの素肌の感触にクリスティーナの心拍数は更にあがってしまい、彼の脈拍どころの話ではない。

「僕もティナがドキドキしてるか知りたいな」

そう言って更にクリスティーナとの距離を詰めて来るウィリアム。

「ちょっとウィル、ダメよっ……!」

「男ってさ、こう言う状況でそんな可愛い顔で『ダメ』って言われたら、余計に欲しくなっちゃうんだよ?」

いつもは、と言うかついさっきまでは爽やかな青空のようだったウィリアムの瞳が、今はほの暗い欲望に染まってクリスティーナの視線と絡まる。
ウィリアムは大人しくなったクリスティーナのうなじを唇でなぞった。

「ちょっ……や……ん……」

触れられた所から甘い痺れが広がって思わず声が漏れてしまい、クリスティーナは必死に声を抑えようと口元を手で覆った。
なんてはしたない声だろう。

「ティナ、可愛い……もっと声、聞かせてよ。メイクや髪は乱せられないけど、うなじだったら舐めても大丈夫かな?」

どんどんエスカレートするウィリアムの大胆さに、さすがに平常心が戻って来た。

「そんなのダメに決まってるでしょっ! 」

押せ押せだったけれど、ウィリアムにやっと言ってやったわ、とクリスティーナが得意になっていると、

「分かった。ごめん。残念だけど、この続きは帰りの馬車の中で」

と言うウィリアムの声がクリスティーナの首筋辺りから聞こえた。

「ウィル、馬車は移動する為のもので、変なことをするためのものじゃないのよ」

「変なことって?」

身体を起こしてクリスティーナと向き合ったウィリアムがさも何の事なのか分からないと言うふりをして聞いてくる。

「だから、その、いかがわしい事とかよ……」

まずい、この流れはまた形勢逆転だ、とクリスティーナに焦りが生じる。

「いかがわしい? ティナの事が好きすぎて触れたいって思うのはいかがわしいの? ティナは僕がキスしたりするの、嫌だった?」

傷付いた子犬のような表情かおでクリスティーナを見つめるウィリアムに、戸惑ってしまう。

(ウィルとのキスが嫌だなんて一度も思ったこと無いわ、それどころか……)

「べ、別にそう言う訳じゃないけど、とにかく今はパーティーに集中したいの!」

「そうだよね、ごめん。僕が悪かった。ティナが綺麗過ぎてついはしゃいじゃって……」

「そんなにしおれなくてもいいでしょ、これじゃまるで私が意地悪してるみたいじゃない──」

元来お人好しのクリイスティーナの心が揺さぶられる。

「じゃあ、もしこれからパーティーの間、きちんとしていたら、帰りにご褒美のキスをくれる? そしたらすっごく元気になれそう」

今度は耳と尻尾がピンと立って期待している子犬がウィリアムと重なる。

「帰りに…………一回だけなら……」

「やった!」

渋々条件を飲んだクリスティーナに、喜びのあまり飛び付きそうになってからはっとして止まるウィリアム。

そんなウィリアムを見て思わずクスッと笑ってしまうクリスティーナだったけれど、いよいよ馬車が王宮内に入ると、先程までのドキドキとは種類の違う緊張が心と身体を支配した。

「ティナ、大丈夫だよ。何があっても僕が守るから」

そう言ってクリスティーナの手を取ったウィリアムは肉食動物でも子犬でもなく、神々しい程に完璧な紳士で、一部の隙もない優雅さと高貴さを纏っていた。




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