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14、侯爵様の危険なスイッチは一ヶ所じゃない件
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「ウィル、なんでいきなり来たの? 侯爵様ってもっと忙しいものじゃないの? 日曜の朝は鷹狩りでもして、その後は舌の肥えたコロコロに丸いおじさま達と昼食を兼ねた社交をして、午後は陛下の宰相と秘密裏に会って、跡取りにふさわしいのは現君主の御子息か、前王が亡くなる3年前に生まれた御子息か話し合ったり」
お茶の時間中、ウィリアムが母を相手に、クリスティーナへの想いと言う名の長くて細かいプレゼンテーションをするのに耐え忍び、やっと家を出て少し歩いた所で、まくし立てた。
それを聞いたウィリアムはクスッと笑った。
「ティナの空想癖は相変わらずだね」
「別に空想してたんじゃなくて、貴族ってそう言うものでしょ? 常に予定が決められてて」
「そう言う事もあるけど、そうじゃなくなればいいなって思ってる。僕の父は今クリスティーナが言ったような一日を送る人だった。いろんな事をしているけれど、何も成さない人。だから敵は少なかったけど」
「ごめんなさい、別にそういう意味で言ったんじゃなくて──」
「うん、知ってる。ごめん、今のは僕の言い方が悪かった。
父は良くも悪くも平和が好きで、波風を嫌う人だったよ」
肉親なのに、仕事のパートナーかのように自分の父親を評するウィリアムは、クリスティーナが見たことの無い表情をしている。
街の外れの木立を抜けると小川が流れていて、それ自体は特に珍しい景色でもないが、クリスティーナはこの長閑な場所が好きだった。
まばらに人が居て、みんなのんびりと思い思いの日曜日の午後を過ごしている。
「パーティーの事なんだけど、ここから移動だと半日は掛かるから、ドレスを着て長い時間馬車に乗るのは大変だと思うんだ。それで、前日に僕の叔母の家に泊まるのはどうかな? こじんまりした屋敷で来客も少ないから、ゆったり過ごせると思うし、城からも馬車で15分くらいなんだ」
ウィリアムは大判のハンカチーフを取り出して芝生に広げるとクリスティーナを座らせて、自分も横に並んだ。
「それはとても助かるけれど、ご迷惑じゃないかな、私なんかがうかがったら……」
「全然迷惑じゃないよ、むしろ喜ぶと思うよ。叔母は娘が欲しかったらしいけど、男子ばかり4人も産んだからね」
「私は兄か弟が欲しかったな。それか、私が男だったら良かったのにって思ってた」
「どうして?」
「家の力仕事を全部やってもらえるから。私、薪割りがすごく下手だし、屋根の修復も出来ないの」
「なんだそう言う理由か、それなら僕がするのに」
クリスティーナはウィリアムの言葉が聞こえているのかいないのか、ワンピースのポケットから指輪を取り出した。
「これ、ウィルの手紙に入っていた指輪。どうやって渡そうかと思ってたけど、今日返せて良かった」
「ティナがまた嵌めてくれる?」
ウィリアムはクリスティーナを見つめながら左手を差し出した。
シワも無く節くれ立っていない綺麗な手先。
クリスティーナが左の薬指にすっと指輪を嵌めると、通りがかりの若者達から口笛が鳴った。
「ありがとう、ティナ。ティナは指輪、外しちゃったの?」
「う、うん。だって今はメイドをしてないから、お偉いさんから夜のお誘いもされないし──」
ついポロっと言ってしまってから、ウィリアムが恐ろしい形相になっているのに気付いて遅すぎるけれど言葉を飲んだ。
「夜の、お誘い…………? 可愛いティナが男性から誘われてるのは予想してたけど、まさかそんな露骨で下品な誘いをする輩がいるとはね」
「ウィル、たまによ、本当にたまに」
「そんなに"たまに"なのに偽物の結婚指輪をしなきゃいけない程にティナを追い詰めた愚か者達にはそれ相応の落とし前を着けてもらわないといけないね。ティナ、そいつらの名前を全部教えて」
川辺の芝を引きちぎりかねない勢いのウィリアムにクリスティーナはのけぞった。
「お、落ち着いて、ね、落ち着いて、ウィル。フィルスタール様も何かと気を配って下さっていたから、危険な目にあったことはないの」
「何かあったら、あの狸親父を抹殺する所だよ」
ウィリアムの目が笑っていない。
「そんな物騒なこと言わないで、ウィル。私はこうして無事なんだし」
クリスティーナは明るい笑顔でウィリアムが纏うどす黒い空気を何とかしようと試みる。
「1年間無事で本当に良かった、ティナ……」
ウィリアムはクリスティーナにいきなり抱きついて来た。
ウィリアムの腕の中はいつもひどく居心地が良くて、クリスティーナは拒めなくなってしまう。
「大好き、ティナ。愛してる」
ウィルの低い声で耳元で囁かれると、身体中に甘い衝撃が走る。
(私も、大好きだよ、ウィル……)
クリスティーナは声にならない想いを心に留めた。
お茶の時間中、ウィリアムが母を相手に、クリスティーナへの想いと言う名の長くて細かいプレゼンテーションをするのに耐え忍び、やっと家を出て少し歩いた所で、まくし立てた。
それを聞いたウィリアムはクスッと笑った。
「ティナの空想癖は相変わらずだね」
「別に空想してたんじゃなくて、貴族ってそう言うものでしょ? 常に予定が決められてて」
「そう言う事もあるけど、そうじゃなくなればいいなって思ってる。僕の父は今クリスティーナが言ったような一日を送る人だった。いろんな事をしているけれど、何も成さない人。だから敵は少なかったけど」
「ごめんなさい、別にそういう意味で言ったんじゃなくて──」
「うん、知ってる。ごめん、今のは僕の言い方が悪かった。
父は良くも悪くも平和が好きで、波風を嫌う人だったよ」
肉親なのに、仕事のパートナーかのように自分の父親を評するウィリアムは、クリスティーナが見たことの無い表情をしている。
街の外れの木立を抜けると小川が流れていて、それ自体は特に珍しい景色でもないが、クリスティーナはこの長閑な場所が好きだった。
まばらに人が居て、みんなのんびりと思い思いの日曜日の午後を過ごしている。
「パーティーの事なんだけど、ここから移動だと半日は掛かるから、ドレスを着て長い時間馬車に乗るのは大変だと思うんだ。それで、前日に僕の叔母の家に泊まるのはどうかな? こじんまりした屋敷で来客も少ないから、ゆったり過ごせると思うし、城からも馬車で15分くらいなんだ」
ウィリアムは大判のハンカチーフを取り出して芝生に広げるとクリスティーナを座らせて、自分も横に並んだ。
「それはとても助かるけれど、ご迷惑じゃないかな、私なんかがうかがったら……」
「全然迷惑じゃないよ、むしろ喜ぶと思うよ。叔母は娘が欲しかったらしいけど、男子ばかり4人も産んだからね」
「私は兄か弟が欲しかったな。それか、私が男だったら良かったのにって思ってた」
「どうして?」
「家の力仕事を全部やってもらえるから。私、薪割りがすごく下手だし、屋根の修復も出来ないの」
「なんだそう言う理由か、それなら僕がするのに」
クリスティーナはウィリアムの言葉が聞こえているのかいないのか、ワンピースのポケットから指輪を取り出した。
「これ、ウィルの手紙に入っていた指輪。どうやって渡そうかと思ってたけど、今日返せて良かった」
「ティナがまた嵌めてくれる?」
ウィリアムはクリスティーナを見つめながら左手を差し出した。
シワも無く節くれ立っていない綺麗な手先。
クリスティーナが左の薬指にすっと指輪を嵌めると、通りがかりの若者達から口笛が鳴った。
「ありがとう、ティナ。ティナは指輪、外しちゃったの?」
「う、うん。だって今はメイドをしてないから、お偉いさんから夜のお誘いもされないし──」
ついポロっと言ってしまってから、ウィリアムが恐ろしい形相になっているのに気付いて遅すぎるけれど言葉を飲んだ。
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「ウィル、たまによ、本当にたまに」
「そんなに"たまに"なのに偽物の結婚指輪をしなきゃいけない程にティナを追い詰めた愚か者達にはそれ相応の落とし前を着けてもらわないといけないね。ティナ、そいつらの名前を全部教えて」
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