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1、痛む再会は回れ右
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クリスティーナがメイドとして流れるように豊かな金髪を乱れなく纏めてシニョンを作れるようになって、仏頂面に見えない程度の、それでいて目の前でどんな事が起こっていても、自分は何も見ていません、そもそもメイドの自分は空気なので存在すらしていません、と言う絶妙な無表情を習得した頃。
「ティナ……?」
主人がやって来るまでの繋ぎに客間でお茶の準備をするクリスティーナの愛称を呟いたのは、ウィリアム•コーンウェル侯爵だった。
呼ばれて思わず客人を見返すも、クリスティーナは微笑むべきか決めかねて、無言のままほんの少しだけ口角を左右に引いた。
手入れの行き届いた栗色の巻き髪も、優しいエメラルド色の瞳も、あの頃と変わっていない。低く男らしい声だけが、記憶と食い違う。
すぐ近くでケーキの準備をしていた同僚に侯爵の声が聞こえ無かったことを祈りながら、蒸らし終えた紅茶をサーブした。
侯爵がそれ以上何も言って来なかった事に内心胸を撫で下ろしながら、仕事の済んだクリスティーナはお辞儀をして他のメイド達と共に退室する。
もしかしたら部屋に残っている執事のクレメンスには、何か気付かれたかもしれない。
けれど噂好きのメイド達と違って彼が何か吹聴してまわることはないはずだ。
出かけた溜め息を押し込めて、本来ならまた沸かしたお湯を取りに行き、そろそろ客人の前に現れるだろう家主にもまた給仕に行かなければならないが、誰にこの仕事の続きを頼めるか考えながら茶器の載ったワゴンを押し進めた。
「ティナ……?」
主人がやって来るまでの繋ぎに客間でお茶の準備をするクリスティーナの愛称を呟いたのは、ウィリアム•コーンウェル侯爵だった。
呼ばれて思わず客人を見返すも、クリスティーナは微笑むべきか決めかねて、無言のままほんの少しだけ口角を左右に引いた。
手入れの行き届いた栗色の巻き髪も、優しいエメラルド色の瞳も、あの頃と変わっていない。低く男らしい声だけが、記憶と食い違う。
すぐ近くでケーキの準備をしていた同僚に侯爵の声が聞こえ無かったことを祈りながら、蒸らし終えた紅茶をサーブした。
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もしかしたら部屋に残っている執事のクレメンスには、何か気付かれたかもしれない。
けれど噂好きのメイド達と違って彼が何か吹聴してまわることはないはずだ。
出かけた溜め息を押し込めて、本来ならまた沸かしたお湯を取りに行き、そろそろ客人の前に現れるだろう家主にもまた給仕に行かなければならないが、誰にこの仕事の続きを頼めるか考えながら茶器の載ったワゴンを押し進めた。
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