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3、泣く子も黙るイケメン宰相様の唐突な天然には、心の準備が必要です
しおりを挟むヴィンセントに行きたい場所を聞かれて真っ先に浮かんだのはこの創業200年の歴史を持つカフェだった。
アイスクリームと言う冷たいデザートを発明した老舗で、兄に話を聞いてから一度は食べてみたいとずっと思っていた。
カフェの2階の個室に運ばれて来たバニラのアイスには苺とブルーベリーが添えられ、周りにはラズベリーのソースが掛かっている。
「可愛い! それにすっごく美味しいですね! 食べちゃうのもったいないです」
「そんなに喜んで頂けたなら良かったです。普段、味気無く仕事ばかりしていると、こう言う潤いのある時間を取る事を忘れてしまいます。シェリルさんに感謝しなくてはいけませんね。ありがとうございます」
ヴィンセントの向ける笑顔は穏やかで、シェリルは見惚れそうになる。
「いえ、お礼を申し上げるのは私の方です。今日こうして街を案内して頂けることになって、とても良かったです」
カフェを出てから、天使の仕掛け時計が有名な大聖堂を見て、一度街の広場まで戻り、ランドールの伝統的なレースの美術館に入り、その後はルーセン橋に向かった。
煉瓦造りの眼鏡橋の上から見る夕暮れに染まった王都は、この上なく美しかった。
「お城も夕陽を受けて薔薇色に輝いていますね」
「普段、中に居るのでこうして外観を見るのは新鮮です」
シェリルは昨日今日とあんな大きなお城の中に入ったのかと思うと、ちょっと信じられない位だったが、それでも今、自分の隣にヴィンセントが居ることの方がもっと信じられない。
「シェリルさんは、いつお発ちになられるのですか?」
「明日です」
「そんなに急に?」
「はい。兄以外に知り合いもほとんど居ないので、もう明日発ちます」
「そうですか……」
(え、そのちょっと残念そうな感じは何ですか? また私に勘違いさせたいの??)
シェリルは内心やきもきしまくるけれど、何も言えない。
「そろそろシェリルさんをお返ししないと、アーノルドに叱られてしまいますね」
シェリルの気持ちを知ってか知らずか、そう言うと、シェリルの手を取って馬車の停まる河岸まで歩いた。
(これは、単なるエスコート、そう、エスコートよ。)
心臓がうるさく音を立てるのをどうにか落ち着かせようと、道端に生えているシロツメクサを凝視しながら歩く。
馬車に乗って座席に座る段になってようやくヴィンセントが「すみません、無意識でシェリルさんの手を繋いでしまいました」と言った。
「いえ、大丈夫です」
(無意識って! 手を繋いでも何にも思わない位、女として見られて無いってこと?)
赤面と情けなさが同時に襲ってくる。
しばらく言葉を紡がなかったヴィンセントは急にごそごそとポケットに手を入れてチョーカーを取り出すと、「シェリルさん、考えたのですが、やはりこれは、貴方に持っていて欲しいです」とシェリルの掌にのせた。
「そんな、無理です!」
「お願いします。貴方以上にふさわしい方はいません」
ヴィンセントはシェリルを見つめた。
馬車の小窓から西日が差し込む。
(宰相様の瞳、こんなに青いんだ──)
今まで濃紺だと思っていた瞳は澄んだ深いブルーだったと気付く。
「このサファイアは、宰相様の瞳と同じ色をしています。きっともっとふさわしい方が居らっしゃるはずです」
「居ません」
引かないヴィンセントに段々、怒りが込み上げてくる。
「……宰相様は、私の気持ちをもて遊んで楽しいですか?」
「それはどう言う意味で──」
「すみません、処罰でも何でも受けます。失礼を承知で言わせて頂くなら……」
そこで一度息を吸って吐く。
「宰相様みたいなかっこいい方に無意識でも手を繋がれたり、家宝なのに私にふさわしいとか言われたら、よっぽどひねくれて無い限り、どんなに自己肯定感が低くても、自分に少しは気があるのかなって思ってしまいます! 少なくとも私はそう思ってしまいました! 世間知らずの田舎娘にそう言う勘違いをさせて、楽しいですか?」
「そんな……」
ヴィンセントは自分でもビックリして数秒固まったがすぐに我に返る。
「シェリルさん、すみません。私のせいです。今のお話を伺って、確かに私はまるで貴方に惹かれているような事をしている。それも無意識で……。私はシェリルさんに恋しているのでしょうか……?」
「へ? それ、私に聞きます……?」
びっくりする程ぽやっとした顔で聞かれて呆気に取られて居ると、ヴィンセントが片手で顔を隠した。
みるみるうちに赤くなっていくヴィンセント。小顔な上に手が大きいので大部分は隠れているが、耳と首許が赤いのは隠せていない。
(え、なに、どういう事? もしかして、泣く子も黙る宰相様は、恋愛においては天然キャラとか、そう言う事??)
シェリルも気が動転してきて、しまいにはヴィンセントと同じくらい赤くなった。
寄宿舎迄送ってもらうと、アーノルドからの伝言が届いており、陛下に夕食をお誘い頂いたので、至急城に来るようにとの事だった。
「二人とも、楽しんで来たか? 待っていたぞ」
寄宿舎から再び乗った馬車を降りると従者から「陛下がお待ちです」と食堂に通された。
「アーノルドも呼んで今宵は5人で食事でもと思ってな」
少々朱いまま何も話さない二人を気に留める様子もなく、上機嫌のアーサーは婚約者のリューシャの隣に座っている。アーノルドと食前酒を始めていたらしく、テーブルには強めの果実酒の入ったグラスが置かれていた。
「妹がお世話になりました」
アーノルドが立ち上がってヴィンセントに頭を下げる。
「いえ、私もとても楽しかったです」
その笑顔を見るに通常モードのヴィンセントに戻っているようだった。
「私のフィアンセのリューシャだ、シェリル殿と年が近い。良かったら話し相手にでもなってやってくれ」
アーサーが目に入れても痛くないと言った感じでリューシャを見ながら紹介する。
「リューシャ様、初めまして。シェリル アップルトンです。宜しくお願い致します」
「シェリル様、リューシャです。こちらこそ宜しくお願いします」
(美、美少女……すごいわ、見たことない位の美少女。美しい以外の言葉が思い浮かばない……)
各々の自己紹介を終えて食事が始まる。
アーノルドは始めこそガチガチに緊張していたが、生来の伸び伸びした性格のお陰で、デザートが運ばれる頃にはすっかり緊張もほぐれていた。
一方のシェリルは、とてもじゃないが、食事の味など分からなかった。
たまにヴィンセントにじーっと見られているのを感じていたからだ。
(もぉ、そんな風に見られたらどうしたら良いの? しかも陛下にそれを気付かれて、めちゃくちゃ笑いを堪えていらっしゃるのが私から丸見えです!)
シェリルは自然とうつむきがちになる。
食事を終えて、男性陣は食後酒を飲むためにサロンに移った時、リューシャとシェリルはリューシャの客間に居た。
そこへアーサーがやって来て「シェリル殿、私の見立てではヴィンセントは貴方に相当惹かれている。どうだ、私と賭けをしないか?」と持ち掛けてきた。
「賭け……?」
「もしここにしばらく、そうだな1ヶ月程残って、その間にヴィンセントに人間らしい心、男としての感情を思い出させてくれたら、あなたのご実家の修繕費を私の私財で賄う。未来永劫だ」
「もし、私が任務を遂行出来なかったら?」
「特に何も無い。君が望むなら、お見合いでの良縁を約束しよう」
「やります、その勝負乗ります! 宰相様の凍った心を溶かせるか、試させて下さい!」
シェリルは国王からの破格の条件に飛び付いた。
「良かった。じゃあ早速今から賭け開始だ。健闘を祈る」
そう言ってウィンクをすると、部屋を出ていった。
リューシャはアーサーの破天荒さに慣れているのか、特にびっくりした様子はない。
「陛下は普段、必ず勝つ勝負しかなさいません。でもヴィンセント様のためなら、どんな事でもしてあげたいと思っているようです」
リューシャがおっとりと話す。
「今日のヴィンセント様を見ていたら、賭けはシェリル様の勝ちですね。だってあんな風に落ち着きの無いヴィンセント様を拝見したことはありませんから」
「そうですか……? でももしかして、毒キノコでも食べて調子が悪いだけとかかもしれません……」
「そんな訳ありません、ヴィンセント様があんな風に視線で女性を追うのも、大切なチョーカーをお貸ししたのだって、今まで一度だって無かった事です」
「だと良いのですが……」
(でも結局さっきは宰相様が私をどう思っているのか分からず終いだったしなぁ。明日からはお城で生活かぁ。今晩はもう宰相様と全然話せなそうだけど、明日はチャンスあるかな……)
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