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第四章

20.距離を縮めて ②

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 矢神は遠野の手を掴んだまま言葉を発することができずにいた。
 このままだと不審に思われる。

「矢神さん?」

 案の定、遠野は不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。

「えっと、あの……」

 しどろもどろになっていれば、遠野が矢神の手を取る。

「矢神さんの手、温かいです」
「……手が、温かい奴は心が冷たいって言うからな」
「じゃあ、それは嘘ですね」

 やわらかな優しい笑みを浮かべながら、遠野は両手で矢神の手を包んで撫でてきた。

「久しぶりです。矢神さんに触れるの」
「……うん」
「ずっと時間なかったから」

 手の甲と手のひらをゆっくりじっくり撫でる。
 心地よくて、ずっと続けて欲しいと考えてしまう。

 ふと視線を上げれば、遠野と目が合った。熱のこもった眼差しで見つめられ、目が離せなくなる。
 遠野の片方の手が矢神の頰に触れて、ビクッと身体が震えた。

「嫌じゃないですか?」
「……嫌、じゃない」

 親指が頬を撫でた。優しく何度も、遠野の親指が頬を移動する。
 触れられている部分が熱を持ったように熱く感じた。

 羞恥に耐えきれなくて、遠野の指から逃れるために顔を動かそうとしたら、阻止するように顔を遠野の方に向き直される。
 そして、今度は親指が矢神の唇に触れた。

「矢神さん」
 
 じっとこちらを見ながら、聞いたことのない甘い声で名前を呼ばれた。

「ここに、唇で触れたいです」

 親指が唇を左右にゆっくりとなぞる。
 その意味を理解して、ぞくっと痺れるような感覚が背中を走った。

「いいですか?」

 こくこくと頷けば、遠野が顔を近づけてきた。
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