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第三章

46.葛藤の朝 ②

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 醜態を晒していた。
 薬を飲まされただけで、あんな風になるのだろうか。
 自分でも知らない奥底に眠る欲望があるのかもしれない。 

「やっぱり苦しそうですよ」

 遠野が慌てるように心配な声をあげた。

「……悪かったな」
 
 矢神は頭をガシガシと掻いて言葉を続ける。

「昨日……おかしなことに付き合わせて」
「そんな! オレの方こそすみません。なんか、調子に乗って……いろんなこと、しちゃって……」

 語尾の方はごにょごにょと喋っていて、うまく聞き取れなかった。

「矢神さんを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
「おまえは悪くないよ。遠野のこと諦めてもらおうと依田さんを呼びつけたのはオレなんだから。自業自得だ」

 何もできなかった。
 余計なことをして、ただ遠野に迷惑をかけた。
 焦っていたのだ。
 もっと上手くできなかったのかと悔やむしかなかった。
 
「依田さんとは……、きちんと会って話し合ってきます」
「会うって、大丈夫なのか?」
「ずっと向き合うのが怖かったけど、このままだとダメだと思うんです。恋人っていうのも曖昧だったし、別れたのもはっきりさせたわけじゃなく、オレが一方的に依田さんから離れただけで」
 
 ――それって、向こうは遠野のことまだ恋人だって思っているってことか?

「オレも一緒に行こうか?」
「ありがとうございます。でも、これ以上矢神さんを巻き込むわけにはいきません」
「だけど、ほら、おかしな薬とか飲まされたり」
「何も口にしませんから」
 
 優しく笑う遠野に、それ以上何も言えなかった。
 矢神は部外者。いくらいろいろ言ったところで、当の本人たちで話し合わない限り終わらないのだ。
 
 依田が遠野と別れないって言ったら?
 上手く言いくるめられ、情に流されて遠野が承諾したら?
 
 ――よりを戻したりしないよな。

 そう言いそうになり、慌てて口を噤んだ。
 矢神がそんなことを言える立場にいない。
 決めるのは遠野自身だ。
 
 依田には愛想が尽きているはず。だが、やり直そうと言われたら遠野はどう動くだろうか。

 頭の中でぐるぐると同じことを巡らせる。
 やめようとしても、いつの間にか繰り返し考えてしまい頭から離れないのだ。
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