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第四章

03.絡まる感情 ②

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 店から出たら、急に酔いが回ったような気がした。
 飲まないように気をつけていたのに、杏からもらった最後のワインが効いているようだ。
 気持ち悪くはなかったが、足元がふわふわしている。

「階段は危ないので、遠回りになりますがこっちから行きましょう」

 背中を支えられながら、遠野と並んで歩く。

「自販機で水買いますか?」

 心配そうな顔をしながら、矢神の様子を伺ってくる。
 テキパキと動き、いつだって遠野は矢神のことばかりだ。
 
 ひとこと言えばいい。恋愛としての感情はないから付き合う気はない。
 たったそれだけで、遠野は次にいけるのだ。

 今、店に戻れば、さきほどの青年と付き合うことだってできるかもしれない。遠野の幸せを考えれば、簡単なこと。

「お水、買ってきましたよ」
 
 その笑顔をいくら矢神に向けても、遠野は報われない。

「もう少し歩いたら大通りなんで、そこからタクシーで帰りましょうね」

 遠野から受け取ったペットボトルの水は、とても冷たかった。
 そのまま頬にあてたら目が覚める思いだった。

「おまえは店に戻れ……」
「嫌ですよ」
「さっき、言い寄られてだろ。いい雰囲気だった」
「え? 川口くんのことかな。酔うと誰にでも言うんです。恋人と喧嘩中って言ってたから寂しかったのかも」

 足取りがおぼつかない矢神に合わせて、遠野は歩幅を合わせてくれる。

「恋人いなかったら付き合ってた?」
「付き合いません」

 遠野は即答する。矢神もこれくらいすぐに言葉にできれば思い悩むことはないのに。

 恋愛感情はない。遠野と付き合う気はない。
 頭の中にあるその思いをいつも口に出すことを拒んでしまう。
 
「オレが好きなのは矢神さんです」
 
 こちらをまっすぐと見た遠野が続けてはっきりと言った。

「遠野……」
「あっ! タクシーつかまるかな。先行って見てきますね。矢神さんはゆっくりで大丈夫ですよ」

 優しさを滲ませた眼差しをこちらに向けた後、駆け足で大通りの方へ向かった。
 頬にあてていたペットボトルは、いつの間にかぬるくなっていた。

 どんな時も、遠野は率直にひたむきな熱い想いを伝えてくる。
 その気持ちに応えることはできない。
 だけど、遠野が向ける好意に安堵している自分がいるのだ。
 
 どこまでずるい人間なのだろうか――。
 
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