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第四章

01.揺れ動く不安

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 矢神と遠野は、あんずの誕生会に呼ばれていた。
 店のバーは貸し切りで、たくさんの人数で賑わう。

「杏さん、お誕生日おめでとう!」

 参加者からの贈り物で大きな花束とホールケーキを渡され、杏は喜びの声を上げて身体をくねくねと揺らした。

「いやーん、ありがとう。嬉しい」
「いくつになった?」

 参加者の質問に対してドスの聞いた声が響く。

「年齢は聞くな!」

 料理は杏が作ったものが食べ放題、お酒も好きなものを飲み放題だった。
 主役の杏だけじゃなく、参加された人たちは皆、大盛り上がりで終始笑顔が絶えない。

 矢神は一人、カウンターで飲んでいた。
 一緒に来た遠野はというと、彼も知り合いが何人か来ていたらしく、そちらの席に呼ばれていた。だから矢神は蚊帳の外だ。

「矢神クン、今日は来てくれてありがとうね」

 可愛らしい声で喋りながら、杏はニコニコとした笑顔を見せた。

「いえ、この間、いろいろ話を聞いてもらったので」

 普段は下ろしている髪は、この日、紫色の着物に合わせてお団子にまとめていた。
 色っぽくてきれいだと感じるが、「男なんだよな」と我に返る。
  
 杏の左手にはグラスワイン、右手には誕生日プレゼントとして遠野と渡したワインのボトルを持っていた。

「大ちゃん、元気そうじゃない。解決したの?」
「まあ、そうですね」


 あれから一度だけ、依田から連絡がきた。
 携帯電話の画面に登録していた「ヨダ」という名前が表示されて、出るかどうか一瞬迷う。
 しかし、また遠野に何かされては困ると思って電話に出たのが間違いだった。

『この間は、ごめんね。まさかあんなに効くとは思ってなくて。あれから大変だったでしょう』
 
 悪いことは何もしていないというような軽いノリで話され、げんなりする。
 
「もう関わらないって遠野に言ったんじゃないですか?」
『あー、やっぱり聞いたんだね。私は大稀だいきにフラれたよ。矢神先生が好きなんだって』
「……そうですか」
『私と矢神先生、何が違うんだろうね』

 遠野にしたことを考えてみればわかるだろ。
 そう内心思ったが、あえて口に出さなかった。
 依田は話を続ける。

『大稀は矢神先生を好きだけど、矢神先生にはそういう気持ちないんだよね? 付き合う気はないんでしょ』
「はい」

 前に言ったことを蒸し返されて、うんざりした。
 もう電話を切ってもいいだろうか。
 小さなため息が自然と漏れてしまう。

『ねえ、それならどうして傍にいるんだろうね。一緒に住むのは避けた方がいい。大稀は矢神先生から離れられなくなる。そうは思わない?』

 依田の言ったことは、矢神自身も自覚していることだった。
 
『私は大稀を傍に置いておきたい。矢神先生もそうなんじゃない? 何が違うのかなって』

 そんなつもりはなかった。だけど、はたから見れば依田と同じように見えるのだろう。
 
『一見、大稀の方が矢神先生に執着しているように見えるよね。だけど私からしたら、矢神先生の方が大稀に依存しているように感じるんだよ』
「そんなんじゃ……」
『大稀も子どもじゃないんだから、住むところくらい自分でどうにかするでしょ。付き合う気がないなら、大稀のためにも早く解放してあげてよ』
「そのつもりです」
『良かった。私からの連絡はこれで最後なので安心して。矢神先生にもいい人が現れるよう祈っておくよ。それでは』
 
 依田が好き放題に話をして、その電話は切れた。
 何とも後味の悪い気分になった。
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