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第三章
47.傷ついた心の決着
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その日、遠野が依田と話を付けに行くと言っていたが、全く帰ってくる気配がなかった。
何かされているのではないかと心配になる。
さきほどから、連絡をしてみようかと携帯電話を片手に部屋の中をウロウロと歩き回っていた。
それから、30分経った頃だった。
玄関の扉が開いた途端、矢神は勢いよく駆け寄った。
「大丈夫だったか?」
矢神の一声に、遠野がなぜか吹き出した。
「大丈夫ですよ」
「何かされなかったか? 変な薬とか……」
「何もされてません。あ、矢神さんに謝っといてと言ってました。あんなに効くとは思ってなかったみたいで」
「……そう、なんだ」
靴を脱いで矢神の目の前に立った遠野は、何か吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
「きちんと話つけたんで、オレたちにはもう関わってこないと思います」
落ち着いた雰囲気で、少し安心する。
「それなら良か――」
急に矢神の肩に遠野が頭を乗せてきたから固まった。
「ごめんなさい。少しだけこうしててもいいですか?」
「……いいけど」
――本当に好きだった人。
杏の言った言葉が頭をかすめた。
大切にしていた人に裏切られることがどんなに辛いか、そこから立ち直ることが苦しいことも、経験している矢神は痛いほどよくわかる。
簡単に忘れられるなら苦労しない。
そのことだけが頭を離れず、もやもやとした気分で塞ぎこむことが何日も続く。それでも生活は普通にしないといけないから、やっかいなのだ。
二人がどんな話をして決着をつけたかは想像がつかない。
だが、解決したからといって心の傷がすぐに癒されるわけがないだろう。
遠野の痛みが矢神にも伝わってくるようで胸が苦しくなった。
慰めるように矢神は、そっと遠野の頭に触れた。
「うわあっ!」
その瞬間、遠野が大声を上げて飛び跳ねるように離れるから驚いてしまう。
「わりぃ……なんか、犬みたいだな、なんて」
下手な言い訳に、遠野は「重たかったですよね、ごめんなさい」と謝ってくる。
そういうつもりではなかったのだが、伝わるわけがなかった。
普通に「慰めてやる」と言えば、遠野の心は少しでも救われただろうか。
リビングに向かって廊下を歩いていく遠野の背中を見つめて、何か声をかけようしたが、上手い言葉が見つからなかった。
「お腹空きましたね。簡単なものでいいですか?」
手を洗ってエプロンをつけながら遠野が言うから、矢神はテーブルの上を指さした。
「焼きそばでいいなら、作っておいた。一緒に食べようぜ」
その瞬間、大げさなほどに驚いた顔をしてこちらを見てきた。
「え? 矢神さんの手作り焼きそばですか?」
「手作りっていうか、野菜と肉切って炒めただけだけど」
「わあ、嬉しいです」
久しぶりに見た遠野の優しい笑顔に、鼓動が高鳴った。
――なんだ、ドキッって。おかしいだろ。
「ビールも飲んじゃいます?」
急に上機嫌になり、遠野は鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けて缶ビールを二本取り出した。
今、なぜか気づいたことがある。
遠野は笑顔でいることが多く、いつもへらへらして楽天的でいいよなとずっと思っていた。
だけどそれは、自分を押し殺していただけなのかもしれない。
どんな時も穏やかな空間を作ってくれる。
一番辛い状況なのは遠野の方なのに、矢神のために彼は笑うのだ。
何かされているのではないかと心配になる。
さきほどから、連絡をしてみようかと携帯電話を片手に部屋の中をウロウロと歩き回っていた。
それから、30分経った頃だった。
玄関の扉が開いた途端、矢神は勢いよく駆け寄った。
「大丈夫だったか?」
矢神の一声に、遠野がなぜか吹き出した。
「大丈夫ですよ」
「何かされなかったか? 変な薬とか……」
「何もされてません。あ、矢神さんに謝っといてと言ってました。あんなに効くとは思ってなかったみたいで」
「……そう、なんだ」
靴を脱いで矢神の目の前に立った遠野は、何か吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
「きちんと話つけたんで、オレたちにはもう関わってこないと思います」
落ち着いた雰囲気で、少し安心する。
「それなら良か――」
急に矢神の肩に遠野が頭を乗せてきたから固まった。
「ごめんなさい。少しだけこうしててもいいですか?」
「……いいけど」
――本当に好きだった人。
杏の言った言葉が頭をかすめた。
大切にしていた人に裏切られることがどんなに辛いか、そこから立ち直ることが苦しいことも、経験している矢神は痛いほどよくわかる。
簡単に忘れられるなら苦労しない。
そのことだけが頭を離れず、もやもやとした気分で塞ぎこむことが何日も続く。それでも生活は普通にしないといけないから、やっかいなのだ。
二人がどんな話をして決着をつけたかは想像がつかない。
だが、解決したからといって心の傷がすぐに癒されるわけがないだろう。
遠野の痛みが矢神にも伝わってくるようで胸が苦しくなった。
慰めるように矢神は、そっと遠野の頭に触れた。
「うわあっ!」
その瞬間、遠野が大声を上げて飛び跳ねるように離れるから驚いてしまう。
「わりぃ……なんか、犬みたいだな、なんて」
下手な言い訳に、遠野は「重たかったですよね、ごめんなさい」と謝ってくる。
そういうつもりではなかったのだが、伝わるわけがなかった。
普通に「慰めてやる」と言えば、遠野の心は少しでも救われただろうか。
リビングに向かって廊下を歩いていく遠野の背中を見つめて、何か声をかけようしたが、上手い言葉が見つからなかった。
「お腹空きましたね。簡単なものでいいですか?」
手を洗ってエプロンをつけながら遠野が言うから、矢神はテーブルの上を指さした。
「焼きそばでいいなら、作っておいた。一緒に食べようぜ」
その瞬間、大げさなほどに驚いた顔をしてこちらを見てきた。
「え? 矢神さんの手作り焼きそばですか?」
「手作りっていうか、野菜と肉切って炒めただけだけど」
「わあ、嬉しいです」
久しぶりに見た遠野の優しい笑顔に、鼓動が高鳴った。
――なんだ、ドキッって。おかしいだろ。
「ビールも飲んじゃいます?」
急に上機嫌になり、遠野は鼻歌を歌いながら冷蔵庫を開けて缶ビールを二本取り出した。
今、なぜか気づいたことがある。
遠野は笑顔でいることが多く、いつもへらへらして楽天的でいいよなとずっと思っていた。
だけどそれは、自分を押し殺していただけなのかもしれない。
どんな時も穏やかな空間を作ってくれる。
一番辛い状況なのは遠野の方なのに、矢神のために彼は笑うのだ。
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