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第一章

50.過去との対面 ②

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「確認お願いします」

 一日の授業が終わり、矢神が一息ついていると、嘉村から書類を手渡された。
 皆がいる前では、いたって普通に接してくる嘉村。あの時の出来事がまるで嘘だったかのように。

 それぐらいの演技を矢神もできればいいのだが、口元は引きつり、顔が強張ってしまう。
 書類を受け取り、目を通した矢神は思わず立ち上がった。

「嘉村先生、これって……オレ、まだ二年の担任引き受けたわけじゃ……」

 それは、二年の担任に配られていた会議用の資料だった。榊原先生と書かれている横に矢神の名前が手書きで足されていた。

「そうなんですか? 榊原先生から矢神先生に渡すよう頼まれたんですけど」
「だけど、オレは……」

 矢神が答える前に嘉村が話し出す。

「榊原先生の代わりは矢神先生以外に適任者はいないと思います。今、担任をされていない他の先生たちは経験不足で二年の担任は無理です。いつまで引きずっているんですか? 生徒のためにもそろそろ前を向いた方がいいと思いますけど」

 涼しい顔で正論を言われ、何も言い返せなかった。
 嘉村の嫌味な言い方は腹が立つが、こんな風にはっきり物を言ってくれるのはすごく有難かった。建前でいろいろ言われても、意味がない。
 だから、矢神は嘉村のことを信頼していたのだ。

 しかし、彼女を獲るような真似をしたり、この間みたいなことをするということは、今までのも全て悪意のある言葉だったのだろうか。少し不安になる。
 何が本当で何が嘘なのか、矢神にはわからなくなっていた。

「とにかく、正式に決まるまでは会議にも出られないし、この資料も受け取れない」

 突っ返すように嘉村に資料を戻せば、「そうですか」と素直に受け取って、他の二年の担任の机に資料を置いていった。

 榊原先生は、矢神を後任に決めている。どうするのか早く決めなくてはいけない。
 嘉村が言うように、他にできそうな人物はいないのだ。

 それはうぬぼれではなく、現時点で経験があって余裕のあるのは矢神だけで、引き受けるべきなのはわかっていた。
 ただ、前進する一歩が未だ踏み出せない。

 経験があっても、こんな状態では二年の担任は荷が重すぎる。きっとまた同じ過ちを繰り返すだろう。それなら、経験がなくても違う人の方が適任ではないか。

 引き受けることも断わることもできず、こうやってずっと答えを先延ばしにし、ダメ教師に成り下がっていた。
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