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第一章

44.新たな苦悩 ③

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「……そうか?」
「一緒にいること多いですよね」
「それ、他の人にも言われるけど、別に仲良くねーよ」

 遠野と共に行動しているつもりはなかった。だが、いろいろな人から言われるということは、やはり多いのだろうか。

 同居するようになってから、遠野が「夕食は何食べたいですか?」とか、「先に帰宅しますね」とか、余計な会話が多くなった。その分、以前より一緒にいる時間は多少は増えたかもしれない。
 もし、それだけで仲が良いと言われているのであれば、あまりいい気はしなかった。

「前は遠野先生のこと苦手だって言ってませんでしたか?」
「オレ、そんなこと言ってた?」

 遠野を苦手だと思っていたのは確かだ。しかし、それを嘉村に言っていた自分に驚く。
 よっぽど遠野のことが、扱いにくい相手だと感じていたのだろうか。

「今は違うんですか?」
「うーん……相変わらず大雑把でウザイところもあるけど、深く付き合ってみると、そうでもないかなとか思ったり……」

 曖昧に答えた。人を悪く言うのも、良く言うのも得意ではないのだ。
 気持ちを言葉にするのは難しい。

 言葉にしてしまえば、それだけが真実になってしまう。捉え方によっては、違う意味にも取られる。
 だから、気持ちを伝えるのは苦手で、相手にどう思われるか恐いと感じていた。

「深く、ね。変わるものですね」
「ああ」

 そう――人は変われる。気持ちも変わっていく。
 だから、前と全く同じというわけにはいかなくとも、嘉村と普通に付き合っていくこともできるはずだ。

史人あやとらしい」

 静かにポツリと言ったその声には、優しさが含まれているように思えた。

 プライベートの時には、いつも嘉村は矢神を下の名前で呼んだ。今、それと同じように名前で呼ばれ、肩の力が抜ける。
 嘉村が心を許してくれたことを感じたからだ。

 今なら、離れていた距離を縮めることができるかもしれない。

「嘉村、オレ……」

 きちんと話をしたい。嘉村と向き合おうとした瞬間だった。

「おわあっ」

 急に前から突き飛ばされたと思ったら、嘉村に両肩を掴まれ、床に押さえ付けられる。

「いってー、何すんだよ!」
「史人は、すぐ流される」
「は?」

 言葉の意味を理解する前に、嘉村が片手で矢神の両腕を掴んで、頭の上で押さえ込んだ。
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