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第三章
25. 悩みに寄り添うオネエの言葉 ③
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グラスに注がれたビールを一気に喉に流し込みそうになった矢神は、一口で止めておく。
酔っぱらってしまえば気は楽だが、根本的な解決にはならない。
相談を聞いてもらっていた杏は、客から注文が入り、カウンター内で慌ただしくしていた。
「杏、オレら、帰るな」
不意に声の人物に視線を移せば、先ほど矢神に迫ってきた男だった。
その男の隣には、男の子といってもいいくらいの幼い顔立ちの男性が立っていた。
どちらかというと童顔の矢神も学生に間違えられることがあるから勘違いという可能性もある。しかし彼は、どう見ても中学生にしか見えなかった。
男の腕にしがみつき、顔をすりすりと密着させている姿は、父親に甘えている子どものようにも見えるが、実際は違うだろう。
未成年に手を出したらまずいのではないのかと、はらはらした。
矢神がちらちらと様子を見ていたことに気づいたのか、男が声をかけてくる。
「あ、さっきはごめんな」
「え?」
「カップリングパーティの参加者だと思って勘違いしたんだよ」
「ああ、大丈夫です……」
それよりも隣にいる男が未成年じゃないのか、気が気じゃない。
そこに、カウンター内で忙しくしていた杏がやってきた。急にうきうきとした声を上げる。
「あら、やっぱり、あんたたちくっついたのねー。合うと思ってたのよ」
「杏のおかげだ。じゃあ、またな」
「はーい、お幸せに」
腕にしがみついていた男性の方は、一切こちらを見向きもせず、隣の男の顔をうっとりとした表情で見つめたままだ。そして、二人はその場を後にした。
「あの男性……成人してるんですよね」
あまりにも心配で、思わず杏に尋ねてしまう。
矢神の言葉に、心底可笑しいというように笑い声を上げて話す。
「大丈夫よ。歩クンはあの顔で、三十路だから。ちなみに矢神クンに声かけてた一馬クンは、二十代前半だからね」
「そうなんですか?」
未成年に見える彼が三十路だということにも驚いたが、あの迫ってきた男が自分よりも年下だということに困惑を隠せない。
「人ってわからないものよねー」
「本当に、カップルが成立するんですね」
正直なところ、カップリングパーティといっても半分冷やかしじゃないかと思っているところがあった。
「そうね。アタシたちの場合、出会いってそうそうあるもんじゃないから。話をして嫌じゃなかったらっていう人はわりといるわよ。だから、ウチでもこういうの定期的に開催して出会いの場を設けてるの。気が合えばそのままホテルに行く人たちもいるし、ただ普通に一緒にいてお話だけしている人たちもいるわ。好きな人が自分のこと好きになってくれたら嬉しい……。でも、相手が同性だと、まずはカミングアウトから始めないといけないじゃない。受け入れてくれるかわからないし、ハードル高いのよ」
笑っているけど、どこか寂しげな表情の杏に胸が痛んだ。
だけど、何て声をかけたらいいかわからなかった。
「最初から相手も同じってわかってると楽なのよ。って、ごめんなさい。大ちゃんの話の途中だったわね」
「いえ、すみません、お忙しいのに」
「いいのよー。いろんな人といろんな話するの好きだから」
ふふッと笑って、杏は、自分のグラスに焼酎を注ぐ。
「大ちゃんは、依田のことはなんて言ってるの?」
「そのことで話をしたいんですけど、最近、避けられてるっていうか……」
杏は、ストレートの焼酎をごくごくと水のように飲んでいる。
「杏さんなら何か知ってるかと思って。少しでも遠野のこと知りたくて」
今度は焼酎をこぼさずに、杏はカウンターにグラスを静かに置いた。
「ねえ、矢神クン」
いつもの可愛らしい声ではなく、低音ボイスの杏に少し怖気づく。
「……はい」
「アタシが大ちゃんと依田のこと知ってて、ここでベラベラ喋ると思った?」
顔には出していなかったが、杏の声のトーンから怒りが含まれているのがわかった。
「大ちゃんのこと知りたいなら、自分で本人に聞きなさいよ」
「……そう、ですよね」
矢神は額に手を置き、大きな息を吐く。
焦りすぎた。どうにかしたいという思いだけで突っ走っている。
遠野だって、人から話を聞かれたら余計に嫌な思いをするはずだ。
話さないということは、話したくないということなのだから。冷静に考えればわかることなのに。
酔っぱらってしまえば気は楽だが、根本的な解決にはならない。
相談を聞いてもらっていた杏は、客から注文が入り、カウンター内で慌ただしくしていた。
「杏、オレら、帰るな」
不意に声の人物に視線を移せば、先ほど矢神に迫ってきた男だった。
その男の隣には、男の子といってもいいくらいの幼い顔立ちの男性が立っていた。
どちらかというと童顔の矢神も学生に間違えられることがあるから勘違いという可能性もある。しかし彼は、どう見ても中学生にしか見えなかった。
男の腕にしがみつき、顔をすりすりと密着させている姿は、父親に甘えている子どものようにも見えるが、実際は違うだろう。
未成年に手を出したらまずいのではないのかと、はらはらした。
矢神がちらちらと様子を見ていたことに気づいたのか、男が声をかけてくる。
「あ、さっきはごめんな」
「え?」
「カップリングパーティの参加者だと思って勘違いしたんだよ」
「ああ、大丈夫です……」
それよりも隣にいる男が未成年じゃないのか、気が気じゃない。
そこに、カウンター内で忙しくしていた杏がやってきた。急にうきうきとした声を上げる。
「あら、やっぱり、あんたたちくっついたのねー。合うと思ってたのよ」
「杏のおかげだ。じゃあ、またな」
「はーい、お幸せに」
腕にしがみついていた男性の方は、一切こちらを見向きもせず、隣の男の顔をうっとりとした表情で見つめたままだ。そして、二人はその場を後にした。
「あの男性……成人してるんですよね」
あまりにも心配で、思わず杏に尋ねてしまう。
矢神の言葉に、心底可笑しいというように笑い声を上げて話す。
「大丈夫よ。歩クンはあの顔で、三十路だから。ちなみに矢神クンに声かけてた一馬クンは、二十代前半だからね」
「そうなんですか?」
未成年に見える彼が三十路だということにも驚いたが、あの迫ってきた男が自分よりも年下だということに困惑を隠せない。
「人ってわからないものよねー」
「本当に、カップルが成立するんですね」
正直なところ、カップリングパーティといっても半分冷やかしじゃないかと思っているところがあった。
「そうね。アタシたちの場合、出会いってそうそうあるもんじゃないから。話をして嫌じゃなかったらっていう人はわりといるわよ。だから、ウチでもこういうの定期的に開催して出会いの場を設けてるの。気が合えばそのままホテルに行く人たちもいるし、ただ普通に一緒にいてお話だけしている人たちもいるわ。好きな人が自分のこと好きになってくれたら嬉しい……。でも、相手が同性だと、まずはカミングアウトから始めないといけないじゃない。受け入れてくれるかわからないし、ハードル高いのよ」
笑っているけど、どこか寂しげな表情の杏に胸が痛んだ。
だけど、何て声をかけたらいいかわからなかった。
「最初から相手も同じってわかってると楽なのよ。って、ごめんなさい。大ちゃんの話の途中だったわね」
「いえ、すみません、お忙しいのに」
「いいのよー。いろんな人といろんな話するの好きだから」
ふふッと笑って、杏は、自分のグラスに焼酎を注ぐ。
「大ちゃんは、依田のことはなんて言ってるの?」
「そのことで話をしたいんですけど、最近、避けられてるっていうか……」
杏は、ストレートの焼酎をごくごくと水のように飲んでいる。
「杏さんなら何か知ってるかと思って。少しでも遠野のこと知りたくて」
今度は焼酎をこぼさずに、杏はカウンターにグラスを静かに置いた。
「ねえ、矢神クン」
いつもの可愛らしい声ではなく、低音ボイスの杏に少し怖気づく。
「……はい」
「アタシが大ちゃんと依田のこと知ってて、ここでベラベラ喋ると思った?」
顔には出していなかったが、杏の声のトーンから怒りが含まれているのがわかった。
「大ちゃんのこと知りたいなら、自分で本人に聞きなさいよ」
「……そう、ですよね」
矢神は額に手を置き、大きな息を吐く。
焦りすぎた。どうにかしたいという思いだけで突っ走っている。
遠野だって、人から話を聞かれたら余計に嫌な思いをするはずだ。
話さないということは、話したくないということなのだから。冷静に考えればわかることなのに。
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