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第三章

18.寂しい空間

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「ただいま」

 家に帰った途端、いつものように声を出したが、遠野はまだ学校だから返答はない。
 夕食用に買ってきた肉や野菜などを冷蔵庫に入れた。ふと、キッチンから眺めたリビングを見て、ため息を吐く。

 シーンと静まる空間。今まで一人で暮らしていたはずなのに、遠野がいないだけで家の中が広く感じた。
 そんな矢神を慰めるように、猫のペルシャが足元に擦り寄ってくる。あごの下を撫でてやれば、喉をゴロゴロ鳴らした。

「ごはん食べるか?」

 猫用の器に適量のエサを入れてあげれば、待っていたかのようにガツガツと食べ始める。猫の目線になるようしゃがんで覗き込んだ。

 チラッとこちらを見るが、エサに夢中でかまってはくれない。先ほどの甘えモードはどこへやら。
 こんな猫の自由気ままなところが好きなのだが、この時はなぜか寂しさを感じていた。

「今日の晩飯、何作るんだろ」

 聞いておけば良かったと後悔した。料理は得意じゃないが、野菜を切るなど下準備くらいならできそうだ。

 いつも全てを遠野に任せっきりで、食事が出てくるのを待つだけなんて。
 働いて忙しいのはお互い様なのだから、矢神はもう少し考えるべきなのだ。
 着替えるため部屋に足を進めれば、玄関の扉が勢いよく開いた。

「矢神さん、ただいま帰りました。今、ごはん作りますね」

 慌てるように靴を脱ぎ、即座にキッチンへ向かう。

「お腹空きましたよね?」

 遠野が1人帰ってきただけで、急に騒がしくなる。そのことに、思わず笑みが溢れそうになった。

「お疲れさま。そんな焦るなよ。オレも今帰ってきたところだ。やっぱり部活やってるときは作らなくていいぞ。弁当かなんか適当に買ってくるから」
「オレが作って食べたいんです!」
「まあ、それならいいけど」

 ネクタイを外しながら矢神は、先ほどあった出来事を思い出す。

「そうだ。さっき遠野の知り合いに会ったんだよ」
「誰ですか?」

 遠野はこちらを向かないままエプロンをして、食事作りの準備を整えていた。

「えっと、ヨダさんだっけ? ほら、本屋で会った」

 その名を出した途端、急にドタドタと矢神に近づいてきた。洗った手は濡れたままで、床にぽたぽたと水滴が落ちる。

「なんで? どうして会ったんですか!?」

 すごい剣幕で詰め寄られ、若干引いてしまう。

「どうしてって、声かけられたんだよ。遠野と一緒にいたオレのこと覚えてたみたいで」
「何か……言ってましたか?」
「おまえと連絡取れなくて困ってるって、連絡してないのか?」
「はい、忙しくて……」
「急に忙しくなったもんな。連絡先もらったんだろ? 合間見て連絡した方がいいぞ」
「そうですね……」

 遠野の表情は、すごく疲れているように見えた。やはり相当無理をしているのかもしれない。

「料理、なんか手伝おうか?」
「あ、大丈夫です! ささっと作っちゃいますんで」

 ――だよな。

 手伝えば、返って邪魔になるのは目に見えていた。

「部屋でパソコンしててもいいか? まとめたいものがあって」
「はい。できたら呼びますね」
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