94 / 150
第三章
12.誤解と関係の継続 ③
しおりを挟む
「こんにちは」
優しく笑う彼女に、矢神はすぐに挨拶を返せず、無言のままでいた。
「あのね、パン焼いてきたの。お昼まだだったら3人で食べない?」
突然の訪問は毎度のことだったが、休みの日に来たのは初めてだった。
料理らしいことは、ほとんどしなかった眞由美は、パンを焼くのは得意で、矢神はそのパンが好きだということを彼女は覚えていたのだろう。
追い返すのも気が引ける。パンだけ食べて帰ってもらうおうか。それとも遠野に相談してから。
ぐるぐると頭の中で考えていれば、眞由美の表情が変わる。
「あーや、話があるの」
笑みが消え、真剣な眼差しの彼女を見て、話の内容が想像できた。
「矢神さん、荷物じゃなかったですか?」
玄関に顔を出してきた遠野が眞由美の姿を見て「こんにちは」と挨拶をした。さらに、にこやかな笑顔で話しかける。
「すごくいい匂いしますね。眞由美さん、何か持ってきてくれたんですか?」
「パン焼いてきたんです。3人で食べようと思って……」
「わあ、いいですね」
遠野が今にも眞由美を家の中に入れそうだったから、矢神は眞由美に声をかけた。
「話ってなに?」
眞由美は、チラッと遠野の方を見た。それに気づいた遠野が気を利かせる。
「オレ、向こうに行ってますね」
「いいよ、すぐ終わるから」
その場を立ち去ろうとする遠野を止めた。
眞由美は遠野がいることで話しにくいのか、しばらく黙っていたが、次第にぽつりと話し始める。
「……この間ね、私、酔ってたの」
「ああ、オレも酔ってた」
答えながら、お酒のせいにするのは最も都合のいい言い訳だなと感じた。
「ごめんね。あーやに釣り合うような女になるって言ったのに。これからは――」
眞由美の話を遮断するように矢神は言葉にする。
「悪い。もうここには来ないでくれないか」
「え?」
「はっきり言わなかったオレが悪い。なあなあになってたけど、眞由美とまた付き合っていくとか考えられないんだ」
「待って、そんなすぐに結論出さなくていいから」
「考えは変わらない。一度の浮気なら許そうと思ったよ。だけど、嘉村のこと本気だって言ってオレと別れたのは眞由美だろ。あの時にもう終わったんだ」
「いやだよ、あーや」
そう言って眞由美は、しくしくと泣き出した。隣にいた遠野が、オロオロし始める。
被害者は矢神の方なのに、これではどちらが悪者なのかわからなくなりそうだ。だが、矢神は怯まなかった。ここで気を許せば、振り出しに戻るだけ。
「頼むから、これ以上眞由美のことを嫌いにさせないでくれ」
矢神は眞由美の細い腕を掴んで、玄関の扉を開けた。
「今まで、ありがとう」
「やだ、やだよ!」
涙をボロボロと流しながら、眞由美は縋ってくる。一度は本気で好きになった人だ。その姿は見るに堪えがたかった。
腕を引っ張る力をなるべく抑えながら、外に追いやる。
「さよなら」
最後は彼女の方を見ることができず、強引に扉を閉めた。
胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。自分が傷つくのは嫌だが、人を傷つけるのはもっと嫌だった。
それでも期待を持たせているよりは、この方がずっといいはずだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
優しく笑う彼女に、矢神はすぐに挨拶を返せず、無言のままでいた。
「あのね、パン焼いてきたの。お昼まだだったら3人で食べない?」
突然の訪問は毎度のことだったが、休みの日に来たのは初めてだった。
料理らしいことは、ほとんどしなかった眞由美は、パンを焼くのは得意で、矢神はそのパンが好きだということを彼女は覚えていたのだろう。
追い返すのも気が引ける。パンだけ食べて帰ってもらうおうか。それとも遠野に相談してから。
ぐるぐると頭の中で考えていれば、眞由美の表情が変わる。
「あーや、話があるの」
笑みが消え、真剣な眼差しの彼女を見て、話の内容が想像できた。
「矢神さん、荷物じゃなかったですか?」
玄関に顔を出してきた遠野が眞由美の姿を見て「こんにちは」と挨拶をした。さらに、にこやかな笑顔で話しかける。
「すごくいい匂いしますね。眞由美さん、何か持ってきてくれたんですか?」
「パン焼いてきたんです。3人で食べようと思って……」
「わあ、いいですね」
遠野が今にも眞由美を家の中に入れそうだったから、矢神は眞由美に声をかけた。
「話ってなに?」
眞由美は、チラッと遠野の方を見た。それに気づいた遠野が気を利かせる。
「オレ、向こうに行ってますね」
「いいよ、すぐ終わるから」
その場を立ち去ろうとする遠野を止めた。
眞由美は遠野がいることで話しにくいのか、しばらく黙っていたが、次第にぽつりと話し始める。
「……この間ね、私、酔ってたの」
「ああ、オレも酔ってた」
答えながら、お酒のせいにするのは最も都合のいい言い訳だなと感じた。
「ごめんね。あーやに釣り合うような女になるって言ったのに。これからは――」
眞由美の話を遮断するように矢神は言葉にする。
「悪い。もうここには来ないでくれないか」
「え?」
「はっきり言わなかったオレが悪い。なあなあになってたけど、眞由美とまた付き合っていくとか考えられないんだ」
「待って、そんなすぐに結論出さなくていいから」
「考えは変わらない。一度の浮気なら許そうと思ったよ。だけど、嘉村のこと本気だって言ってオレと別れたのは眞由美だろ。あの時にもう終わったんだ」
「いやだよ、あーや」
そう言って眞由美は、しくしくと泣き出した。隣にいた遠野が、オロオロし始める。
被害者は矢神の方なのに、これではどちらが悪者なのかわからなくなりそうだ。だが、矢神は怯まなかった。ここで気を許せば、振り出しに戻るだけ。
「頼むから、これ以上眞由美のことを嫌いにさせないでくれ」
矢神は眞由美の細い腕を掴んで、玄関の扉を開けた。
「今まで、ありがとう」
「やだ、やだよ!」
涙をボロボロと流しながら、眞由美は縋ってくる。一度は本気で好きになった人だ。その姿は見るに堪えがたかった。
腕を引っ張る力をなるべく抑えながら、外に追いやる。
「さよなら」
最後は彼女の方を見ることができず、強引に扉を閉めた。
胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。自分が傷つくのは嫌だが、人を傷つけるのはもっと嫌だった。
それでも期待を持たせているよりは、この方がずっといいはずだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集
あかさたな!
BL
全話独立したお話です。
溺愛前提のラブラブ感と
ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。
いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を!
【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】
------------------
【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。
同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる