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第三章

04.嵐の襲来 ②

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「あーや」

 高い可愛らしい声で名前を呼ばれ、矢神ははっと息を呑んだ。

 目の前に現われたのは、白いワンピースにカーディガンを羽織った女性。軽く頭を下げて、小さく笑みを浮かべた。
 よく知っている人物。それは矢神が付き合っていた元彼女、眞由美まゆみだった。

 どうしてここにいるのか。そんなことを訊ねることなく、矢神はただ口を閉ざしたまま、彼女の前で立ち尽くしていた。

「話があって、来たんだけど……」

 そう言いながらも眞由美は、矢神の隣にいた遠野の姿を見てためらっているようだった。
 それに気づいたのか、遠野が耳打ちしてくる。

「オレ、どこかで時間潰してきましょうか」

 彼に声をかけられたことがきっかけに、口を開くことができなかった矢神は、言葉を発することができた。

「いい、オレは話することはない」

 吐き捨てるように言い、話を終わらせようとしたが、彼女は引き下がらなかった。

「待って、少しだけでいいの、お願い」

 縋るように両手で腕を掴まれ、振り返れば眞由美が辛そうな表情をしてこちらを見ていた。
 何かあったのかもしれない。そう一瞬でも考えてしまった自分に、嫌気が差した。

「矢神さん、家に入ってもらったらどうですか? オレ、ちょっと出てきますから」
「おまえがそんなことする必要ない!」

 イライラが募り、遠野に八つ当たりのような言い方をしてしまった。彼は何も悪くないのに、自分に対する苛立ちがそうさせた。
 遠野はすぐさまその場の雰囲気が悪いと感じたらしく、今度は眞由美の方に話しかけ始める。

「すみません、オレ、遠野っていうんですけど、矢神さんとは職場が一緒で今は矢神さんの家に居候させてもらってるんですよ」
「え? そうなんですか?」

 遠野の話を聞いた眞由美は、目を丸くして驚いた様子だった。

「オレがいて話しにくいようでしたら、外しますんで」
「いえ、すぐ終わるんで、居ていただいてかまいません」
「ですって、矢神さん。家に入ってもらいましょう」

 勝手に話を進め、遠野は玄関の鍵を開けたのだ。
 気を利かせたつもりなのかもしれないが、矢神にとっては迷惑な話だった。


「お茶入れましょうか」
「おまえは何もしなくていいから、あっちに行ってろ」

 遠野に居てもらっても構わないと彼女は言ったが、どんな内容にしろ、矢神は彼に聞かれたくはなかった。

「オレの部屋で話そう」

 彼女を自分の部屋へと招き、ドアを閉めた。
 この部屋に彼女が入ったのは何度もあるはずなのに、今はすごく落ち着かなかった。

「あーやが、他人と住んでるなんてびっくりしちゃった」
「そうか?」
「だって、一人の時間を大切にするでしょ。自分のテリトリーに人を寄せ付けないじゃない」

 自分では意識してなかったが、そんな風に思われていたことに矢神の方も驚いた。

「そんなつもりはないけど」
「私とだって、一緒に住みたくなさそうだった」

 ここに来て、そんな話をされても意味がない。彼女が何をしたいのか予想できなかった。
 だけど、今だけじゃなく昔も眞由美のことを理解していたかと訊ねられたら、ノーと答えるだろう。
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