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第二章
25同僚の相談と危険な状況 ④
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不意に、耳元で囁かれた。
「オレは、史人が好きなんだよ」
その言葉に、目を見張る。
「え……?」
「遠野と付き合ってるんだろ。女に裏切られたからって、何でよりにもよってあいつなんだよ。諦めたオレの気持ちはどうなる」
首筋に唇を落としながら喋るものだから、嘉村の吐息がかかって肌をくすぐる。
「ま、待て! 何でオレが遠野と付き合ってることになってるんだ、あいつは男だぞ」
「だから、男もいけるんだろ」
「オレはノーマルだ!」
きっぱり言う矢神に、嘉村は面食らったように眼鏡の奥の目を見開いた。
「ノーマルなのに、遠野とやったのか?」
「付き合ってないし、やってない。いいから、まずはオレを放せ! 話はそれからだ」
納得したのか嘉村は掴んでいた手をそっと離し、身体を起こした。強く掴まれていた腕に痕はなかったが、あまりにも痛くて手を当ててさすった。
嘉村の方は悪いことをしたと思っていないらしく、そのことには触れずに話を続けた。
「付き合ってないのに、同棲してるのはどういうことなんだ」
「同棲じゃねーよ、同居。遠野が住んでた寮が壊されるっていうから、住む場所が見つかるまで部屋を貸してる。それだけだ」
「遠野が史人のことを好きなのはわかってるんだろ? それでよく一緒に住めるな」
「おまえ、知ってたのか?」
「あいつは、わかりやすいからな」
うるさいくらいに矢神のあとをついて回る遠野の行動を思い出して、沈んだ気分になった。生徒の楢崎でさえ、遠野の気持ちに気づいていたのだ。他にもいるかもしれない。
だけど、遠野が一方的に好きというだけのこと。それに彼の気持ちが恋愛だなんて、誰にもわかるわけがない。
「遠野とは何もない。それは、あいつも踏まえてる」
眼鏡越しに目を細めた嘉村が、いぶかしげに見つめてきた。
「そうなのか?」
「それより……」
今はもっと重要なことに話を持っていくべきだと考えていた。話が逸れたから言うのを迷っていたが、後のことを考えれば、はっきりさせておいた方がいい。
「さっきの、嘉村がオレのこと……っていうの、なんつうか、さ」
上手く言葉にできなかった。好かれるのは有難いことだし、嬉しいことだ。だけど、恋愛感情となったらまた別次元の話になる。これ以上、嘉村とは気まずくなりたくなかったから穏便に進めたかった。
それなのに嘉村は一瞬意味が分からないというように眉を寄せる。そして、その後すぐに理解したようで口を開いた。
「ああ、それは、もういい」
悩んでいる矢神とは裏腹に、当の本人は涼しい顔をしていた。
「もういいって、からかったってことか?」
「遠野と何でもないなら、いいんだ」
「ホント、意味わかんねー。ビールくれ。おまえがこぼしたから、ないんだよ」
テーブルを叩いて催促する。すると、立ち上がった嘉村はタオルを投げて寄こした。こぼれたビールを拭けと言わんばかりに。
ムッとしながらもタオルでカーペットを拭いていれば、缶ビールを持ってきた嘉村が言う。
「だけど、史人が遠野とどうにかなるっていうなら、本気出すけどな」
唇を歪めて薄く笑みを浮かべていた。
「バカか、どうにもなんねーよ!」
嘉村の手から強引にビールを奪い、その場を誤魔化すようにビールを喉に注ぎ込んだ。
遠野が勝手に好きになっているだけで、矢神の気持ちに変化はなかった。このことに関しても遠野から気にするなと言われている。
同居人で職場での先輩と後輩、ただそれだけのこと。これからもずっと、この関係は変わらない。
矢神は言い聞かせるように、心の中で唱えていた。
「オレは、史人が好きなんだよ」
その言葉に、目を見張る。
「え……?」
「遠野と付き合ってるんだろ。女に裏切られたからって、何でよりにもよってあいつなんだよ。諦めたオレの気持ちはどうなる」
首筋に唇を落としながら喋るものだから、嘉村の吐息がかかって肌をくすぐる。
「ま、待て! 何でオレが遠野と付き合ってることになってるんだ、あいつは男だぞ」
「だから、男もいけるんだろ」
「オレはノーマルだ!」
きっぱり言う矢神に、嘉村は面食らったように眼鏡の奥の目を見開いた。
「ノーマルなのに、遠野とやったのか?」
「付き合ってないし、やってない。いいから、まずはオレを放せ! 話はそれからだ」
納得したのか嘉村は掴んでいた手をそっと離し、身体を起こした。強く掴まれていた腕に痕はなかったが、あまりにも痛くて手を当ててさすった。
嘉村の方は悪いことをしたと思っていないらしく、そのことには触れずに話を続けた。
「付き合ってないのに、同棲してるのはどういうことなんだ」
「同棲じゃねーよ、同居。遠野が住んでた寮が壊されるっていうから、住む場所が見つかるまで部屋を貸してる。それだけだ」
「遠野が史人のことを好きなのはわかってるんだろ? それでよく一緒に住めるな」
「おまえ、知ってたのか?」
「あいつは、わかりやすいからな」
うるさいくらいに矢神のあとをついて回る遠野の行動を思い出して、沈んだ気分になった。生徒の楢崎でさえ、遠野の気持ちに気づいていたのだ。他にもいるかもしれない。
だけど、遠野が一方的に好きというだけのこと。それに彼の気持ちが恋愛だなんて、誰にもわかるわけがない。
「遠野とは何もない。それは、あいつも踏まえてる」
眼鏡越しに目を細めた嘉村が、いぶかしげに見つめてきた。
「そうなのか?」
「それより……」
今はもっと重要なことに話を持っていくべきだと考えていた。話が逸れたから言うのを迷っていたが、後のことを考えれば、はっきりさせておいた方がいい。
「さっきの、嘉村がオレのこと……っていうの、なんつうか、さ」
上手く言葉にできなかった。好かれるのは有難いことだし、嬉しいことだ。だけど、恋愛感情となったらまた別次元の話になる。これ以上、嘉村とは気まずくなりたくなかったから穏便に進めたかった。
それなのに嘉村は一瞬意味が分からないというように眉を寄せる。そして、その後すぐに理解したようで口を開いた。
「ああ、それは、もういい」
悩んでいる矢神とは裏腹に、当の本人は涼しい顔をしていた。
「もういいって、からかったってことか?」
「遠野と何でもないなら、いいんだ」
「ホント、意味わかんねー。ビールくれ。おまえがこぼしたから、ないんだよ」
テーブルを叩いて催促する。すると、立ち上がった嘉村はタオルを投げて寄こした。こぼれたビールを拭けと言わんばかりに。
ムッとしながらもタオルでカーペットを拭いていれば、缶ビールを持ってきた嘉村が言う。
「だけど、史人が遠野とどうにかなるっていうなら、本気出すけどな」
唇を歪めて薄く笑みを浮かべていた。
「バカか、どうにもなんねーよ!」
嘉村の手から強引にビールを奪い、その場を誤魔化すようにビールを喉に注ぎ込んだ。
遠野が勝手に好きになっているだけで、矢神の気持ちに変化はなかった。このことに関しても遠野から気にするなと言われている。
同居人で職場での先輩と後輩、ただそれだけのこと。これからもずっと、この関係は変わらない。
矢神は言い聞かせるように、心の中で唱えていた。
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