触れてしまえば、もう二度と~苦手な後輩教師(♂)に告白されて戸惑っています~

月音真琴

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第二章

16.堕ちるところまで ③

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「楢崎くんって、どんな生徒かよくわからないんです」
「……普通の生徒だよ」

 何を『普通』というのか矢神に説明できる自信はなかったが、そう答えていた。遠野は表情を変えないまま続けた。

「オレが矢神先生のこと好きだってわかったからなのか、楢崎くんも矢神先生のことが大好きだって言うんです」
「……そう」

 話しの展開が嫌な方向に進んでいて、今すぐにでもこの話題を終わらせたかった。

「いい先生だもんねって言ったら、彼は恋愛感情だって言いました。学生の頃は先生に憧れることってよくあることだから恋愛で好きになってもいいと、オレは思うんです」
「くだらねー」
「え?」
「生徒が誰を好きだの、嫌いだの、そんなことどーでもいいことだろう。オレたちには関係ない。聞き流しておけばいいんだよ。すぐに飽きる」
「あ、でも……」
「楢崎には体育の授業に出るように言っとくから。もういいだろ。着替えるから、あっち行ってろ」

 遠野の身体を押しやり、部屋から追い出そうとしたが、扉のふちにつかまって一向に出て行こうとしない。

「まだ、話の続きが」
「あとで聞いてやる。今は出てけ」

 手と足を使って遠野を部屋から追い出そうとしたが、全くびくともしない。

「待って、これだけ聞いてください。楢崎くんが、矢神先生と、あの、身体の関係があるとか言い出して」

 遠野の言葉に、一気に血の気が引いた。遠野の身体から手と足を離し、部屋から追い出すことも忘れ、その場に茫然と立ち尽くす。

「矢神さん、大丈夫ですか?」

 顔の目の前で、遠野がひらひらと手を振る。

「ああ……」
「きっと、楢崎くんはオレのこと困らせたかったんだと思います。矢神さんと同居していることも知ってるみたいだったから、対抗するようにそんなこと言ったのかもしれません。でも、他の人にも言ってたら問題になりそうだから相談したくて……」

 楢崎がなぜ遠野に言ったのか、全く見当がつかなかった。だけど、これだけはわかる。解決したと思っていたのは自分だけで楢崎は納得していなかったということだ。

「オレのせいで何かおかしなことになって、すみません」

 心配そうに眉を下げ、遠野が顔を覗き込んできた。

「……おまえのせいじゃない。明日、楢崎ときちんと話するから何も心配するな」

 遠野の手前、矢神は冷静を装っていたが内心ではかなり動揺していた。



***



 翌日の放課後、矢神は楢崎を呼び出し、話し合うことにした。

「ふふっ、やっぱり矢神さん、ボクを呼んでくれたね。二人で話したかったんだ」

 相談室で待っていた楢崎は、かなり上機嫌だ。興奮気味に眼鏡を押さえ、声高々に喜びを表す。

「楢崎、『さん』じゃなくて『先生』って呼べって言っただろ」
「もうそんなこと、どうでもいいじゃない。遠野先生から聞いたんでしょ?」
「どういうつもりだ?」
「ん? あいつは信じてなかったね。同居してるからって優位に立ってるって勘違いしてるんだ。ムカツク」
「楢崎、きちんと話を聞け。この間、おまえは納得してくれたんだと先生は思ってた。でも、違うのか?」

 矢神の言葉に、楢崎はちっと舌打ちをした。そして、低い声でぼそぼと呟く。

「裏切ったのそっちだろ、あんなやつと……」
「おまえ、舌打ちをするな」

 矢神が声を荒げたと同時に、席に座っていた楢崎が立ち上がったので、思わず一歩引いて身構えてしまう。

「ねえ、これからさ、一人、一人、先生に報告していこうか。ボクたちの関係、誰かは信じてくれるかも」
「そんなことしたら、おまえまで退学になるぞ」
「矢神さん、怖いの? ボクはいいよ、別に退学になったって」

 楢崎はゆっくりと距離を縮めてくる。そして矢神の首に腕を回して、抱きついてきた。くつくつと笑う声が耳元に響く。

「一緒に堕ちるところまで堕ちよう。楽になれるよ」

 平然とした態度だった。学校を辞めることに何の躊躇いもないようだ。むしろ、今の状況を楽しんでいる。
 矢神の考えは甘かった。何もなかったかのように事が治まると思っていたが違ったのだ。
 過ちを犯したのなら、償わなくてはならない。
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