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第二章

11.後輩の温かさに癒される ①

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 職員室に戻ろうと廊下を歩いていれば、一瞬がくりと足の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。だけど、そんな矢神の身体を誰かが後ろから支える。

「矢神先生、大丈夫ですか?」

 振り向けば、そこには遠野の姿があった。矢神をしっかりと腕で支えている。

「大丈夫、ちょっとくらっとしただけだ」

 足に力を入れようとしたが、思うように力が入らなかった。

「矢神先生、身体熱いんですけど、熱あるんじゃないですか?」
「ないって、もう離せって」
「嫌です」

 珍しく言うことを聞かずに、矢神を後ろから抱きしめるように力を入れてくる。

「ちょっ……」

 振り解こうと思っても力が入らず、遠野にされるがままだ。

「無理しすぎなんですよ。朝から顔が赤いなって思ってたんです」
「おい、誰かに見られたら」
「矢神先生に何かあったら、オレ……」

 切羽詰まったような声を出し、遠野は自分の頬を矢神の頬にくっつけてくる。

「やっぱり熱いですよ。もう今日は帰りましょう」

 ほっとして一気に疲れが出たのか、それとも本当に熱があるのか、身体がだるかった。そのせいもあって遠野を跳ね除けるのが面倒になる。
 矢神は自分の頬だけじゃなく、遠野の頬も熱く感じていた。



***



 本格的に熱が上がってきたのか、矢神が家に帰る頃には寒気に襲われ、身体の震えが止まらなかった。何とか震えを治めようと自分の両腕を抱くが、まるで意味がない。
 そのままふらふらと自分の部屋に足を進め、ベッドに腰をかけた。

「矢神さん、大丈夫ですか?」

 不安そうな顔をして、遠野が矢神の傍に来た。喋るのも辛くて、大丈夫というように頷いてジャケットを脱ごうとすれば、手を貸してくれる。

「悪い……」

 遠野は脱がしたジャケットをハンガーにかけた後、再び矢神の傍に来て手を伸ばしてくる。具合が悪くて即座に反応できなかったが、遠野はネクタイを緩め始めたのだ。

「……何してんだ」

 手を払いのければ、にっこり笑って言う。

「着替えた方が楽ですよ」
「わかってる。一人で着替えられるから」
「でも……」

 唇を尖らしながら、今度は首の後ろに手を当ててくる。そして、ぐいっと顔を近づけてきた。思わず目を瞑ってしまう。
 その瞬間、矢神の額に遠野の額がくっついた。

「さっきよりも、すごく熱いです」
「おまえ、近いよ。うつるだろ」

 あまり力が入らない手で、遠野の胸を押して身体を離した。

「大丈夫です。ほら、何とかは風邪ひかないって」

 何か嬉しそうにへらへらと笑っている。

「ああ」

 いい加減に返事を返すと、遠野は納得しないような表情をする。

「ひどい、矢神さん、そこは『そんなことないよ』って言ってくださいよ」
「めんどくせーな……」

 ため息をついて頭をかきむしった。遠野のせいで、もっと熱が上がりそうな気がしていた。

「熱測った方がいいですよね。体温計ありますか?」
「いいよ、測らなくて……」
「どうしてですか」

 不思議そうに首を傾げる遠野に、矢神は言いにくそうに口にする。

「測ってみて本当に熱があったら、余計に具合悪くなる……」
「子どもみたいなこと言わないでください」

 若干呆れたような顔をした遠野に、矢神の頬は更に熱くなった。

「うるさいな。寝たら治るよ。オレのことは放っておけ」

 そのままベッドに潜り込めば、遠野が騒ぎ立てる。

「ダメですよ、着替えてください。ご飯もしっかり食べないと!」
「おまえが向こうに行ったら着替えるよ。ご飯は食べたくないからいらない」
「何か食べないと治りませんよ。オレ、お粥作ります」

 布団をめくり、矢神は顔を出す。

「お粥は好きじゃない。飯を食わなくてもすぐに治るんだ。だから気にするな。オレは寝る」

 あまりにも騒がしいので拒絶するように言葉を並べた。
 だが、遠野はそう簡単には引き下がらなかった。

「どうしてお粥好きじゃないんですか?」
「……味気ないだろ」
「白がゆが苦手なら、お味噌で味付けしますよ。卵も入れます。卵、好きですよね?」
「好きだけど……」

 矢神の言葉に、一気に遠野は上機嫌になる。

「じゃあ決まりですね。すぐ作ってきますので、それまで休んでてください」

 浮き浮きとした様子で遠野が部屋を出ていく。何がそんなに楽しいのか、矢神には全く理解できなかった。
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