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第二章

07.狂気の欲望 ②

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「適当に座っててください。コーヒー淹れてきます」

 楢崎が矢神を置いて部屋を出ようとしたから引き止める。

「ああ、気遣わなくていいよ。ここ座って」

 矢神は自分が座った目の前の床を指先で叩き、座るように言った。楢崎は素直に頷き、向き合うように正座する。

「何で休んでる? 身体の調子が悪いわけじゃないだろ。先生に会いたくないからか?」

 さっそく話を進めれば、楢崎が見据えてくる。

「先生には会いたい……でも、ボクと付き合ってくれないんですよね」

 眼鏡の向こうの表情は悲しそうだ。

「それは言ったはずだ」
「付き合ってくれるまで学校には行きません」

 はっきりとした口調で言い放ち、膝の上で拳を握る。

「それは困る。授業についていけなくなるし、おまえを留年させるわけにはいかない」
「じゃあ、付き合ってください」

 埒が明かない。同じことの繰り返しだった。彼と話をしても無駄なのだろうか。
 相手は大事な生徒なのに放っておきたくなる。どうでもいいと諦めの気持ちが何度も生まれそうになった。

「あの日は、あんなにボクを受け入れてくれたのに」

 楢崎が床に両手をついて、矢神の顔を覗き込むように距離を縮めてきた。

「それは……謝るしかない」
「すごく感じてました。もしかして男の人を相手にするの初めてじゃないんですか? ボクのことすんなり受け入れてたし、あ、でも少しきつかったですね。夢中だったから忘れてたけどその時の動画も撮っておきたかったなあ、ねっ」

 軽く首を傾けて、同意を求めてくる。
 答えようがなかった。全く記憶がないのだ。どうして楢崎とそんなことになったのか、あの日の自分に聞いてみたいくらいだ。

 関係を持ってしまった以上、楢崎と付き合うしか方法がないのだろうか。それで学校に来てもらえるなら、その方法を選ぶべきなのか。
 今まで自分が貫いてきたことに反しているが、既に間違いを犯している。引きかえせないところまできているのかもしれない。

「わかりました」

 急に何か閃いたような表情をして、楢崎は胸の前でぽんと手を叩いた。

「それなら先生からボクにキスしてください。そしたらホテルのこともなかったことにしますし、学校にもきちんと行きます」
「え?」

 キス――それだけで許してもらえるなら。

 矢神は即座に頭を振った。一瞬でもそう考えた自分が嫌になる。
 生徒と教師の関係を超えて一度は間違いを犯してしまったかもしれない。それでもこれ以上同じことを繰り返してはいけないのだ。
 改めてそう決意すれば、楢崎が腰を上げ、矢神の首に腕を絡めてくる。

「先生って、たまにイラッときますね。ボクだけのものになってよ」

 突然その場で矢神を押し倒した挙句、馬乗りになって首を絞めてきた。

「……ぁっ」

 矢神は首を絞める楢崎の腕に手をかけ、バタバタと抵抗するように脚を動かすが、びくともしない。この細腕のどこにそんな力があるのだろうか。
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