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第二章

02.深まる絶望 ②

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「一学期は、休みが多いな。何かあったか?」

 またしても口を閉ざしたまま、首を横に振るだけだ。

「休みすぎると、単位が足りなくなる。それはわかってるよな?」

 震える指で眼鏡を直しながら、頼りなげに楢崎が頷いた。

「数学の成績は悪くない方だな。他の教科は……授業についていけないか?」

 申し訳なさそうに何度か頷く。机の上に置いていた両手の拳が微かに震えていた。

「休むと授業にもついていけなくなる。まずは、きちんと学校に来た方がいい」

 反応はしてくれるが、一方的に話しかけている状態に矢神は小さくため息を吐いた。

「学校は楽しくないか?」
「……たまに、楽しい……です」

 楢崎が初めて言葉を口にした。

「そうか、何が楽しい?」

 嬉しくなった矢神は、自分でも驚くくらいの弾んだ声を出していた。

「矢神さんに、会えるから」
「それは嬉しいけど、さん付けじゃなく先生って呼べ」
「……その方が、いいですか?」
「ああ」

 がっかりしたように顔を俯かせたが、こればっかりは仕方がない。教師と生徒であることを区別するには必要なことだと思っていた。中には教師と生徒があだ名で呼び合い、上手くいっているケースもあるだろう。それでも矢神の中ではあり得なかった。

「楽しいのはたまにって言ってたけど、そうじゃない時はどういう時だ?」

 楢崎は、きちんと受け答えをしてくれる。問題のある生徒ではない。彼の支えになってやれば、きっと学校にも来るようになるだろう。

「授業についていけないとか、友達のこととか、何か悩んでるのか?」
「……遠野先生」

 急に思いもよらない名前が、楢崎の口から出てきた。

「遠野、先生? 楢崎に何かしたのか?」

 遠野なら何か仕出かしててもおかしくないと思えた。だが、楢崎は的外れのことを言い始める。

「矢神先生と一緒に住んでるんですか?」
「え? ああ、事情があってな」

 遠野と同居していることは、生徒たちに隠しているつもりはなかった。だけど、公表することでもないと思ってあえて黙っている。情報はどこからか洩れるものだ。公表していないことが返って、生徒たちの間でおかしな噂になって広まってしまったのかもしれない。

「それが気になってたのか? 楢崎には関係ないことだろ。他に悩みはないのか?」
「関係……」

 楢崎の唇が動いていたが、何を言っているのか聞き取れなかった。

「どうした?」

 急にすっと顔をあげた楢崎が、はっきりとした口調で言う。

「矢神先生、お酒弱いですよね」
「……まあ、弱いけど。未成年なんだからまだ酒に興味を持つな」

 おとなしそうに見えて、実は酒や煙草に手を出してたりするんだろうか。矢神は心配になった。

「楢崎の興味あることは? 趣味とかないのか?」
「矢神先生を介抱したのはボクです」

 喋るようになったと思ったら、今度は逸れた話をし始めた。突然のことでついていけなくなる。

「は?」
「酔ってたから覚えていないんですよね? ボクがホテルに連れて行ってあげたんですよ。あそこでボクたちは結ばれたんです」

 何のことを言っているのかわからず、虚言癖でもあるのかとますます心配になる。
 そんな矢神とは裏腹に、楢崎は淡々と話を続けた。
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