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第一章
55.祝福と感謝の気持ち ②
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「今日は鶏ごぼうの炊き込みご飯にしてみました」
目の前に、ほかほかの炊き込みご飯が味噌汁と一緒に出された。
この食事だって、矢神のことを思って作ってくれているのだ。とても有難い。
矢神は一呼吸置き、意を決し言葉にすることにした。
「あの、ありが……」
「そうだ! 矢神さん、聞いてください!」
「と、え?」
遠野がその場でじたばたと足踏みするように、大きなリアクションをしながら話し始める。
「さっき、ペルシャにご飯あげようと思ったら、頭を触らせてくれたんですよ! いつもはそんなことを絶対にさせてくれないのに。すごいと思いませんか? ペルシャもオレのことを認めてくれたってことですよね」
大きな動作と勢いよく一気に喋る遠野に、唖然として思わずぽかんと口が開いてしまう。
「嬉しいなあ。これからもペルシャに気に入ってもらえるよう頑張りますよ、って、あれ? もしかして今、何か言いかけましたか?」
「……別に」
タイミングを失い、気恥ずかしくてもう一度その言葉を口にすることはできなかった。
遠野は全く気づいていないようで、矢神とは正反対に上機嫌のままだ。
「それじゃあ、冷めないうちにいただきましょう」
「いただきます」
すっかり遠野のペースに乗せられている矢神だった。しかし、慣れなのだろうか、最近ではそれも、案外嫌なものではないなと思い始めていた。遠野の料理を食べていると温かい気持ちになって、いろいろ悩んで考えるのもバカらしい気がしてくるのだ。
「漬物もどうぞ」
「うん」
もう少しだけ、このままでもいいかなって――。
「矢神さん、口にマヨネーズついてますよ」
遠野が笑いながら腕を伸ばし、人差し指で矢神の口元のマヨネーズを掬った。そして、その指を咥えてちゅっと吸い、へへっと笑う。
そのシーンがあることを連想させた。なぜか胸が熱くなるのを感じる。
「何か新婚――」
「そんなわけないっ!」
遠野の言葉を遮るように、矢神は大声を出した。
食事を作ってくれるこの状態が楽で、いくら心地よいからといって、馴染んではいけない。
頭を抱えて唸るように声を上げれば、遠野が心配そうな声をかけてくる。
「矢神さん、大丈夫ですか?」
このままでいいなんて思う方が間違っている。遠野に丸め込まれそうになっているだけだ。
遠野はどうであれ、男同士でどうにかなるなんて考えは矢神の中にはないのだ。
「からしマヨネーズサラダ、辛かったかな。矢神さんの好きな甘い玉子焼きも作りました。こっちを食べてください」
顔を上げれば、ふんわり微笑んだ遠野が目の前にあったサラダと玉子焼きが乗った皿を交換した。
サラダのことではないのに、遠野は勘違いしている。
「いいよ、サラダも食べる」
奪い取るように皿を取り、サラダを無造作に頬張った。
遠野に悪気はない。だからこそ安易に心を許してはいけない。
「今度はもう少し辛味を抑えますね」
あの一瞬、矢神は自分自身がわからなくなった。
危なく戻ってこられない場所に行き着きそうになって、怖かったのだ。
目の前に、ほかほかの炊き込みご飯が味噌汁と一緒に出された。
この食事だって、矢神のことを思って作ってくれているのだ。とても有難い。
矢神は一呼吸置き、意を決し言葉にすることにした。
「あの、ありが……」
「そうだ! 矢神さん、聞いてください!」
「と、え?」
遠野がその場でじたばたと足踏みするように、大きなリアクションをしながら話し始める。
「さっき、ペルシャにご飯あげようと思ったら、頭を触らせてくれたんですよ! いつもはそんなことを絶対にさせてくれないのに。すごいと思いませんか? ペルシャもオレのことを認めてくれたってことですよね」
大きな動作と勢いよく一気に喋る遠野に、唖然として思わずぽかんと口が開いてしまう。
「嬉しいなあ。これからもペルシャに気に入ってもらえるよう頑張りますよ、って、あれ? もしかして今、何か言いかけましたか?」
「……別に」
タイミングを失い、気恥ずかしくてもう一度その言葉を口にすることはできなかった。
遠野は全く気づいていないようで、矢神とは正反対に上機嫌のままだ。
「それじゃあ、冷めないうちにいただきましょう」
「いただきます」
すっかり遠野のペースに乗せられている矢神だった。しかし、慣れなのだろうか、最近ではそれも、案外嫌なものではないなと思い始めていた。遠野の料理を食べていると温かい気持ちになって、いろいろ悩んで考えるのもバカらしい気がしてくるのだ。
「漬物もどうぞ」
「うん」
もう少しだけ、このままでもいいかなって――。
「矢神さん、口にマヨネーズついてますよ」
遠野が笑いながら腕を伸ばし、人差し指で矢神の口元のマヨネーズを掬った。そして、その指を咥えてちゅっと吸い、へへっと笑う。
そのシーンがあることを連想させた。なぜか胸が熱くなるのを感じる。
「何か新婚――」
「そんなわけないっ!」
遠野の言葉を遮るように、矢神は大声を出した。
食事を作ってくれるこの状態が楽で、いくら心地よいからといって、馴染んではいけない。
頭を抱えて唸るように声を上げれば、遠野が心配そうな声をかけてくる。
「矢神さん、大丈夫ですか?」
このままでいいなんて思う方が間違っている。遠野に丸め込まれそうになっているだけだ。
遠野はどうであれ、男同士でどうにかなるなんて考えは矢神の中にはないのだ。
「からしマヨネーズサラダ、辛かったかな。矢神さんの好きな甘い玉子焼きも作りました。こっちを食べてください」
顔を上げれば、ふんわり微笑んだ遠野が目の前にあったサラダと玉子焼きが乗った皿を交換した。
サラダのことではないのに、遠野は勘違いしている。
「いいよ、サラダも食べる」
奪い取るように皿を取り、サラダを無造作に頬張った。
遠野に悪気はない。だからこそ安易に心を許してはいけない。
「今度はもう少し辛味を抑えますね」
あの一瞬、矢神は自分自身がわからなくなった。
危なく戻ってこられない場所に行き着きそうになって、怖かったのだ。
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