触れてしまえば、もう二度と~苦手な後輩教師(♂)に告白されて戸惑っています~

月音真琴

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第一章

47.切ない想いは隠されて ①

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 気持ちが落ち着いた後、矢神は乱れていた身なりを整え、職員室に戻った。

 そこに嘉村と遠野の姿がなくて、少しほっとする。
 遠野に関しては、家に帰ればすぐに顔を合わせることになるのだが、今だけはあの賑やかな遠野の相手はしたくなかった。
 何を聞かれるかわかったものじゃない。こういう時はそっとしておいてほしいのだ。

 それに、聞かれても答えられることは何一つない。矢神自身、何が起きているのかわからないのだから上手く説明できるわけがなかった。
 二人がまだ校内にいるのかはわからなかったが、彼らと出会う前にさっさと帰宅した方が良さそうだ。
 そう判断した矢神は、慌てるように荷物をまとめる。

「お先に失礼します」

 残っていた先生たちの「お疲れ様です」という言葉も聞かずに、足早に職員室を出た。
 先ほどよりはだいぶ心が静まってはいたが、やはり頭の中は混乱していた。

 なぜあんなことをしてきたのか。何のメリットがあるのか。嘉村は、意味のないことはしない男だ。
 きちんと話し合った方がいい気もしたが、二人で会うのは少し恐い。
 また同じようなことをされては意味がないのだ。

 外靴に履き替えながら、新たな悩みが増えたことに苛立つ。
 そんなことを考えている余裕なんてないのに、この思いをどこにぶつければいいのかもわからず、拳を握って怒りを抑えた。

「矢神先生」

 不意に声をかけられ、顔を上げれば、遠野が姿を現した。

「遠野……先生、帰ったんじゃ……」

 会いたくなかったせいか、動揺が声に表われていた。

「帰ろうとしたんですけど、矢神先生の靴がまだあったから、ちょっと待ってみようかなと思って」
「……そう」

 視線を合わせることができなかった。遠野の横を通り過ぎて、歩みを進める。
 そんな矢神に遠野が小走りで近づいてきた。

「一緒に帰ってもいいですか?」

 わざわざそんなことを聞いてくることに違和感を覚える。矢神が避けたがっているのを感づいたのだろう。

「一緒にも何も、帰るところ同じだろ」

 投げやりに言えば、遠野は困ったように笑う。

「へへ、そうですよね」

 そのまま矢神の隣に並び、歩幅を合わせて歩き出した。
 矢神は何を聞かれるだろうかと身構えていた。ちらっと様子を窺えば、遠野は嬉しそうに笑顔を浮かべているだけだ。

 先ほどのことを聞くために待ち伏せをしていたんだと思った。それなのに、一向に話を振ってこない。
 矢神にとっては有難いことではあったが、反対に不信感を募らせる。

 何を考えてるんだ。

 気にならないわけがないのだ。何とも思っていないように見せ、安心させておいてから突然話を切り出すつもりなのか。
 じろじろと遠野を観察していたせいか、視線が合ってしまい、慌てて逸らした。

「初めてですよね」
「……な、何が?」

 ついに来たかと思ったが、遠野は相変わらず笑顔のままで違う話題を始めた。

「同棲を始めてから一緒に帰ったことがありませんでした」

 帰る場所が同じなのだから、帰る道も同じ。それなのに今まで一緒になったことがないのは、矢神が帰る時間をわざわざずらしていたからだった。

「ああ……っていうか、同棲じゃないって言っただろ、同居!」
「今日、遅くなっちゃったんで、カレイの煮つけはまた今度でもいいですか?」
「おまえ、話を逸らすなって。別に何でもいいよ」
「じゃあ、冷凍ご飯がけっこうあるので、オムライスでも作りましょうか」
「うん、オムライスは好きだ」

 その後も、いつ話題に触れられるかと不安でいっぱいだったが、遠野は一切そのとこには触れなかった。帰宅中くだらない話をずっとしていて、おかげで少し気が紛れた。

 正直、目撃されたのが遠野で良かったと思っているところもあった。
 性格は大雑把でノリは軽いが、口は堅い方だと感じている。面白おかしく、あちこち誰かに喋るタイプではないはずだ。だからこれ以上、広まることはないだろうから、その点は安心していた。
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