40 / 150
第一章
39.進む道の迷い、後輩の声 ①
しおりを挟む
「失礼します」
授業が終わった放課後、矢神はすぐに校長室を訪ねた。
「ああ、矢神先生、お忙しいところごめんなさいね。どうぞかけてください」
「はい……」
促されるまま、ソファに座る。少し緊張していた。昼休みに遠野の言っていたことが頭から離れず、不安が付きまとっていたのだ。午後の授業に集中できなかったのも、そのせいだろう。
あんな男の言うことを気にするなんて――。
矢神は奥歯をぎりっと噛み締めた。
「さっきね、営業の方からお饅頭を頂いたんだけど、矢神先生、甘い物は大丈夫かしら」
「いえ、私は……」
矢神は断わろうとしたが、校長は返事を聞かぬまま、お茶と一緒に饅頭が乗った皿を目の前に出してくる。
「ここのお店のすごく美味しいのよ。食べてみて」
「ありがとう、ございます……」
食べる気分ではなかったが、そう答えるしかなかった。
「新入生も学校にだいぶ慣れてきましたね。少し浮かれてくる頃かしら」
穏やかな表情のまま、校長は矢神の向いに座った。
「そうですね……」
背筋を伸ばし、更に姿勢を正した矢神は、何を言われるのかとそのことばかりが気になって、会話が頭に入ってこなかった。
「でも、矢神先生なら、そんな浮かれている生徒にもきっちり接してくれますものね」
「努力しています」
答えがおかしかったのか、校長はくすっと笑う。
「矢神先生、そんなに緊張なさらないでください。たいしたお話ではないのよ」
「そ、そうですか」
その言葉を聞いて、肩の力が抜け安堵のため息が漏れた。それと同時に、校長が話し始める。
「二年A組の授業を矢神先生は受け持ってますよね。すごく優秀なクラスだと聞きました」
「成績もいいですし、みんな真面目でいいクラスですね。やはり担任の榊原先生のおかげだと思います。話というのは、二年A組のことですか?」
早く本題に入りたくて、急かすように自分から話を振ってみた。校長は笑顔でゆっくりと頷く。
「ええ、その榊原先生ですが、昨年にお父様が倒れたのはご存じでしょう」
「はい、そう伺いました」
父親が倒れ、そのために榊原先生は学校を何度も休んでいた。矢神は、代わりにA組のホームルームを受け持ったこともある。
「お父様は元気になられたそうなので安心していたんですけど、榊原先生、教師を辞めてご実家の家業を継がれるそうなの」
「え!? 教師を辞められるんですか?」
あまりの驚きに、思わず身を乗り出しそうになった。
「せめて担任を受け持っている今の生徒が卒業するまででも、とお願いしたんですが、榊原先生もずっと悩んでいらしたようで……」
「そうなんですか……」
教師を続けて二十年になる榊原先生には、矢神もいろいろな指導やアドバイスを受けていた。
生徒だけではなく、一緒に働く教師にもまっすぐで厳しい。しかし、必ず明るくフォローしてくれる。
そのせいか、厳しく指導するという印象はほとんどなく、みんなから慕われる教師だった。そして榊原先生自身も、教師という仕事に誇りを持っていた。
だからこそ、そんな榊原先生のことを矢神は目標にしていた。事情があるにしても、とても残念なことだった。
授業が終わった放課後、矢神はすぐに校長室を訪ねた。
「ああ、矢神先生、お忙しいところごめんなさいね。どうぞかけてください」
「はい……」
促されるまま、ソファに座る。少し緊張していた。昼休みに遠野の言っていたことが頭から離れず、不安が付きまとっていたのだ。午後の授業に集中できなかったのも、そのせいだろう。
あんな男の言うことを気にするなんて――。
矢神は奥歯をぎりっと噛み締めた。
「さっきね、営業の方からお饅頭を頂いたんだけど、矢神先生、甘い物は大丈夫かしら」
「いえ、私は……」
矢神は断わろうとしたが、校長は返事を聞かぬまま、お茶と一緒に饅頭が乗った皿を目の前に出してくる。
「ここのお店のすごく美味しいのよ。食べてみて」
「ありがとう、ございます……」
食べる気分ではなかったが、そう答えるしかなかった。
「新入生も学校にだいぶ慣れてきましたね。少し浮かれてくる頃かしら」
穏やかな表情のまま、校長は矢神の向いに座った。
「そうですね……」
背筋を伸ばし、更に姿勢を正した矢神は、何を言われるのかとそのことばかりが気になって、会話が頭に入ってこなかった。
「でも、矢神先生なら、そんな浮かれている生徒にもきっちり接してくれますものね」
「努力しています」
答えがおかしかったのか、校長はくすっと笑う。
「矢神先生、そんなに緊張なさらないでください。たいしたお話ではないのよ」
「そ、そうですか」
その言葉を聞いて、肩の力が抜け安堵のため息が漏れた。それと同時に、校長が話し始める。
「二年A組の授業を矢神先生は受け持ってますよね。すごく優秀なクラスだと聞きました」
「成績もいいですし、みんな真面目でいいクラスですね。やはり担任の榊原先生のおかげだと思います。話というのは、二年A組のことですか?」
早く本題に入りたくて、急かすように自分から話を振ってみた。校長は笑顔でゆっくりと頷く。
「ええ、その榊原先生ですが、昨年にお父様が倒れたのはご存じでしょう」
「はい、そう伺いました」
父親が倒れ、そのために榊原先生は学校を何度も休んでいた。矢神は、代わりにA組のホームルームを受け持ったこともある。
「お父様は元気になられたそうなので安心していたんですけど、榊原先生、教師を辞めてご実家の家業を継がれるそうなの」
「え!? 教師を辞められるんですか?」
あまりの驚きに、思わず身を乗り出しそうになった。
「せめて担任を受け持っている今の生徒が卒業するまででも、とお願いしたんですが、榊原先生もずっと悩んでいらしたようで……」
「そうなんですか……」
教師を続けて二十年になる榊原先生には、矢神もいろいろな指導やアドバイスを受けていた。
生徒だけではなく、一緒に働く教師にもまっすぐで厳しい。しかし、必ず明るくフォローしてくれる。
そのせいか、厳しく指導するという印象はほとんどなく、みんなから慕われる教師だった。そして榊原先生自身も、教師という仕事に誇りを持っていた。
だからこそ、そんな榊原先生のことを矢神は目標にしていた。事情があるにしても、とても残念なことだった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる