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第一章

34.共同生活の始まり ②

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「簡単なものですがどうぞ」

 矢神が支度を終えた頃には、テーブルの上に美味しそうな匂いが漂う朝食が並んでいた。

「うん……」

 遠野と向かい合って座り、朝食を囲む。何かおかしな感じがしたが、料理を目の前にしたら、そんなことはどうでも良くなった。
 ご飯に味噌汁、焼き魚に冷や奴、普通の和食だ。こういう食事をしたのはいつ以来だろう。

 いただきます、と言った後、無言で食べていれば、遠野がじっと矢神を観察するように見つめていた。
 何だろうと不思議だったが、こういう場合、感想を言うべきではないかと頭に浮かんだ。

「ああ、えっと、美味いよ」
「そうですか、良かったです」

 矢神のその言葉を聞いて安心したのか、遠野も料理に箸を付け始めた。

「今までも自炊してたのか?」
「寮では食事は出たんですけど、休日だけは自分で作って食べてました」
「すごいな……」

 感心する矢神を見て、遠野は不思議そうに首を傾げた。

「矢神さんは自炊してないんですか?」
「料理は全然しないよ。面倒だし」
「じゃあ、食事はどうしてたんですか?」
「外食、って言っても金かかるから仕事後に遠野たちと行くくらいかな。あとはほとんどコンビニ。朝食は、ヨーグルトとかバナナ食べたりしてた」
「そうなんですね。ごめんなさい、勝手に朝食作っちゃって」

 急に申し訳ないというようにしょんぼりし始める。矢神は慌てた。

「いや、あれば食べるよ。オレが作るの面倒なだけだから。あ、でも、無理して作らなくていいぞ」
「オレは朝食はガッツリ食べる方なので、これからも作ります。よかったら矢神さんも食べてくださいね」
「わかった。っと、あんまりのんびりしてると時間なくなるな」
「もう出ないとまずいですか?」

 一緒になって焦って立ち上がる遠野を矢神は制止させた。

「オレは早く行くけど、おまえは合わせなくていいぞ。もう少し遅くても十分間に合うからな!」

 念を押すように強く言えば、遠野はきょとんとして、はいと返事をした。

 矢神はいつも余裕がありすぎるくらいの時間に家を出ている。だからそれに合わせて一緒に出るのは悪いと思った。
 だが、一番の理由は、これから毎朝一緒に通勤するのは避けたいということだった。
 嫌というわけではない。職場でも家でも共に過ごすのだから、少しくらい一人の時間が欲しいと考えたのだ。
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