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第一章

29.ただの同居 ①

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 悩みを聞いているうちに、いつの間にか矢神の家に後輩が同居することになっていた。
 そして休日のこの日、その人物が引っ越してくるのだ。
 荷物だけは先に届いていたので部屋に運んでもらい、その後は本人が来るのを待つ。
 約束の時間よりだいぶ遅れて、チャイムが鳴った。

「遅い!」

 無造作に玄関の扉を開けた矢神は、そこにいるのが遠野だと確信して、少しキツイ口調で言った。遠野が困った顔をして、頭を掻きながら答える。

「すみません。道路が混んでて……」
「連絡ぐらい寄こせ」

 はい、と返事をして誤魔化すように笑い、遠野は玄関の外に目を向けて言った。

「あの、矢神さんの車の横にバイク停めてきたんですけど、いいんですよね?」
「許可もらったから大丈夫だよ。それよりも突っ立てないで入れば」

 珍しく遠慮がちに自分から動こうとしないので、遠野を部屋に入るよう促した。

「お邪魔します」

 部屋の中を一通り案内しようとしたが、矢神はあることを思い出し、立ち止まって遠野の方を振り返った。

「オレ言い忘れたんだけど……おまえ、アレルギーとかないよな?」
「アレルギー?」

 突然の問いだったせいか、遠野は何のことかと不思議そうに首を傾げた。

「アレルギーだよ! あるのか、ないのか!」
「えっと……これといってないですけど……」
「じゃあ、大丈夫か」

 一人で納得していると、気になったらしく、遠野の質問攻めに合う。

「矢神さん、アレルギーあるんですか? 辛いですよね。何の食べ物がダメなんですか? あ、もしかして花粉とか? それともハウスダスト?」

 的外れな問いかけに、なおさら言い難くなった。だが、これから同居するのだから隠しておけるわけもない。

「矢神さん?」

 すぐに答えないから、今度は矢神の名前を何度も呼んできた。仕方がないと諦めた矢神は、恐る恐る言葉にしてみる。

「……オレ、猫飼ってるんだ」
「猫ですか?」

 視線を感じたようで、遠野が奥の部屋の方を振り向いた。そこには、ドアの隙間からこちらを見ている真っ白な猫の姿がある。

「わあ! かわいいですね! オレ、猫好きですよ」
「そう……」

 普通の反応で、矢神は少しほっとする。
 以前、猫を飼っていることを付き合っている彼女に伝えたところ、意外だと笑われたことが矢神の心のダメージになっていた。それ以来、猫を飼っていることは誰にも言っていない。

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