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第一章
14.忘れえぬ出来事と意外な告白 ③
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矢神は溜め息を吐き、遠野に背を向けて絞り出すように呟いた。
「元、彼女だよ」
「元って……」
「別れたんだよ。今は、嘉村の女だろ」
強調するかのように、わざと嘉村の名前を出した。その方がわかりやすい。
「え……だって、結婚するとかって言ってましたよね? そのことは嘉村先生も知ってるのに、どうして……」
結婚のことは遠野に直接言った覚えはなかったが、たぶん、三人で食事に行った時にそういう話題をしたのだろう。
ここまで情報が筒抜けだと、返って腹をくくれる気がした。
「結婚って言ったって話だけなんだから、別れることもあるだろ。オレより嘉村の方が良かったんだよ」
なぜこの男に、こんなことをわざわざ説明しないといけないのか。傷をえぐるような自分の言葉に辛くなった。
だけど、吹っ切れるのにはちょうどいいのかもしれないと感じた。
心のどこかで望みを捨てきれてないところがあった気がする。あれは夢で実際には起こっていなかったんじゃないかと、不意に現実逃避したくなる。
それではいつまでたっても気持ちが切り替えられない。自分に真実を突き付けた方がいいのだ。
「矢神さん……」
遠野の方が今にも泣きそうな声を出すから、呆れてしまう。
「同情するなよ。もうずいぶん前に終わったことなんだから」
「矢神さん……」
更に名前を呼ばれ、悲しいというよりも、面倒という気持ちの方が強くなってくる。
「あのな、遠……」
振り返って一言言ってやろうと思った瞬間、矢神の身体が温かいものに包まれる。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
だが、背中の温もりと自分の身体に回された腕を確認し、遠野が後ろから抱き締めてきたことを知る。
「おい……慰めてるつもりか?」
「だって、矢神さん、泣いてます……」
何を根拠にそんなことを言うのか。そんな女々しい男だと思われているということに怒り奮闘する。
「誰が泣くか! いいから離せ」
周囲に人がいないからまだ良かったが、男同士がこんなことをしていたら勘違いされてもおかしくはない。
腕を振り解こうともがいた。遠野は更に、力を込めて矢神の身体を抱き締めてくる。
「こんな矢神さんを放っておけません」
「ふざけるのもいい加減に……」
「好きです……」
矢神は自分の耳を疑った。
「は……?」
咄嗟に身体が固まってしまったが、すぐに聞き間違いだと思いなおした。
だけど、遠野は縋るように矢神の身体を抱き、耳元に微かな吐息が掛かる。そして、再び遠野が囁いたのだ。
「矢神さんのことが、ずっと好きでした……」
切なげで、だけど優しく心地良い声が響いた。
「なに、冗談……」
すぐにいつもの陽気な遠野に戻ると思っていた。それなのに、腕に込める力が矢神をしっかりと守るようで、とても冗談を言っているようには感じなかった。
いつの間にか、矢神は抵抗するのを止めていた。不思議と嫌悪感がなかったからだ。なぜか安心感さえも与えてくれる。
先ほどまで肌寒いと感じていた矢神の身体は、この時だけは、熱を持ったように熱くなっていた。
「元、彼女だよ」
「元って……」
「別れたんだよ。今は、嘉村の女だろ」
強調するかのように、わざと嘉村の名前を出した。その方がわかりやすい。
「え……だって、結婚するとかって言ってましたよね? そのことは嘉村先生も知ってるのに、どうして……」
結婚のことは遠野に直接言った覚えはなかったが、たぶん、三人で食事に行った時にそういう話題をしたのだろう。
ここまで情報が筒抜けだと、返って腹をくくれる気がした。
「結婚って言ったって話だけなんだから、別れることもあるだろ。オレより嘉村の方が良かったんだよ」
なぜこの男に、こんなことをわざわざ説明しないといけないのか。傷をえぐるような自分の言葉に辛くなった。
だけど、吹っ切れるのにはちょうどいいのかもしれないと感じた。
心のどこかで望みを捨てきれてないところがあった気がする。あれは夢で実際には起こっていなかったんじゃないかと、不意に現実逃避したくなる。
それではいつまでたっても気持ちが切り替えられない。自分に真実を突き付けた方がいいのだ。
「矢神さん……」
遠野の方が今にも泣きそうな声を出すから、呆れてしまう。
「同情するなよ。もうずいぶん前に終わったことなんだから」
「矢神さん……」
更に名前を呼ばれ、悲しいというよりも、面倒という気持ちの方が強くなってくる。
「あのな、遠……」
振り返って一言言ってやろうと思った瞬間、矢神の身体が温かいものに包まれる。
一瞬何が起きたのかわからなかった。
だが、背中の温もりと自分の身体に回された腕を確認し、遠野が後ろから抱き締めてきたことを知る。
「おい……慰めてるつもりか?」
「だって、矢神さん、泣いてます……」
何を根拠にそんなことを言うのか。そんな女々しい男だと思われているということに怒り奮闘する。
「誰が泣くか! いいから離せ」
周囲に人がいないからまだ良かったが、男同士がこんなことをしていたら勘違いされてもおかしくはない。
腕を振り解こうともがいた。遠野は更に、力を込めて矢神の身体を抱き締めてくる。
「こんな矢神さんを放っておけません」
「ふざけるのもいい加減に……」
「好きです……」
矢神は自分の耳を疑った。
「は……?」
咄嗟に身体が固まってしまったが、すぐに聞き間違いだと思いなおした。
だけど、遠野は縋るように矢神の身体を抱き、耳元に微かな吐息が掛かる。そして、再び遠野が囁いたのだ。
「矢神さんのことが、ずっと好きでした……」
切なげで、だけど優しく心地良い声が響いた。
「なに、冗談……」
すぐにいつもの陽気な遠野に戻ると思っていた。それなのに、腕に込める力が矢神をしっかりと守るようで、とても冗談を言っているようには感じなかった。
いつの間にか、矢神は抵抗するのを止めていた。不思議と嫌悪感がなかったからだ。なぜか安心感さえも与えてくれる。
先ほどまで肌寒いと感じていた矢神の身体は、この時だけは、熱を持ったように熱くなっていた。
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