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第一章

05.悪いことは続くもの? ⑤

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 時は二月も半ば過ぎ、卒業間近だった矢神のクラスの生徒の一人が傷害事件を起こした。
 その生徒は、学年でトップの成績を持ち、クラスでリーダーシップが取れる人気者で、矢神も一目置く存在だった。
 早くに推薦で大学も決まり、何も問題がないように思えていた矢先のことだ。

 警察に呼ばれた矢神は、こんなことをしたのには何か理由があるのだと思い、その生徒と対面した。
 警察の話では反省している様子とのことだったが、矢神の姿を確認した途端、生徒の表情が険しいものに変わった。
 椅子に座っている生徒と同じ目線になるよう、矢神はしゃがんで優しく声を掛ける。

「いったいどうしたんだ? おまえらしくないな」
「……大学になんか行きたくない」
「え?」

 今回の理由を尋ねているのに、違う返答が返ってきて矢神は少し戸惑った。

「何を言ってるんだ?」
「僕は、大学に行きたくないんだ! 音楽でメシを食っていきたい。それなのに、あーやが……先生が、無理やり大学を勧めたんじゃないか!」

 生徒は、矢神に詰め寄る形で泣き叫ぶような声を上げた。
 落ち着かせるために生徒の両腕を優しく掴めば、崩れ落ちるように矢神の胸に顔を埋め、身体を震わせて泣き出したのだ。

 その生徒が言うように、大学を勧めたのは担任である矢神だった。
 それはその生徒のためだと思って勧めたことだったし、両親にも説得を頼まれていたからである。
 もちろん、生徒自身も大学に進むことを望んでいると思っていた。矢神が大学を勧めた時も彼は、「頑張ります」と笑顔で答えてくれたからだ。

 しかし、それは、両親や矢神を安心させるための偽りの笑顔だったのかもしれない。
 本当は、彼の中では違う目標、誰にも言えない夢があった。それをずっと押し殺していたのが、今になって爆発してしまったのだ。
 大学に進むことが正しい道だと単純に思っていた。どうしてもっと彼の話を聞いてあげられなかったのだろう。
 何も気づけなかった自分自身に、矢神は失望するのだった。

 更に状況は悪化した。
 その生徒の両親に、息子が傷害事件を起こしたのは、全て担任である矢神の責任だと責められることになった。
 癖のある両親ではあったが、以前から頼りなかっただの、責任を取れだの、ここぞとばかりに言いたい放題。
 矢神は黙って受け止めるしかなかった。
 それから両親との話し合いは、しばらく続いた。


 その後、学校側は矢神に非はないと判断し、何も処分を下さなかったのである。
 ただ、傷害を起こした生徒は自主退学してしまい、矢神は自分のせいだとひどく落ち込むことになった。
 生徒の気持ちを誰よりもわかっているつもりだった。だが、何一つ理解していなかった自分の愚かさにショックを隠しきれないでいた。

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