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5、告白

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 ヘルミナはしばし黙り込むことになった。

 いずれは自身の結末は彼の耳に届くことになるだろう。
 であれば素直に打ち明ける……とは、それは言語道断だった。

(気を使っていただくのは申し訳ありませんからね)

 素直に打ち明ければ、彼は必死になって押しとどめてくれるに違いなかった。
 それどころか、行くあてが無いのであればと、救いの手を差し伸べてくれるかもしれなかった。

(学院時代から散々迷惑をおかけしましたから)

 これ以上は無しだった。
 ヘルミナは彼に笑みを作って向ける。

「他に行くあてが無ければ、実家に戻ろうと思います」

 当然の選択として聞こえるはずだった。
 しかし、彼の表情は厳しかった。

「嘘ですね」

 見抜かれた。
 動揺は禁じ得なかった。
 だが、ヘルミナはそれを表には出さなかった。

「……ふふふ。嘘だなんて、妙なことをおっしゃられますね?」

 笑みで応じる。
 ルクロイに泣きつくつもりなど毛頭無ければ、当然の選択だった。
 
 ただ、その成果は上がらない。
 ルクロイは静かに首を左右にしてくる。

「貴女の状況は手紙を通じてよく知っています。この状況で貴女が生家に戻れる人間かどうか。分からない私だと思いますか?」

 ヘルミナは泣きそうになった。
 自分を理解してくれる誰かがいる。
 その事実が、空っぽな心に妙に暖かく響いたのだ。
 
 しかし、感傷に浸っているわけにもいかない。
 ヘルミナはルクロイに頭を下げる。

「あの、すみません。私その、急いでいるので……」

 自分を理解してくれる人だからこそ、これ以上の迷惑はかけられない。
 足早に立ち去ろうとする。
 ただ、それは果たせない。

「え?」

 目を丸くすることになる。
 ヘルミナの腕は、必死の表情のルクロイの手によって固く握られていた。

「る、ルクロイ様?」

「行かせるわけがないだろ。私の屋敷に来て欲しい」

 結局そう言わせてしまった。
 後悔しながらに、ヘルミナは苦笑を返す。

「すみません。手を離していただけますと……」

 ルクロイはすかさず首を左右にしてきた。

「出来ません」

「え、えーと、ですから私急いでいまして……」

「無理です。頷いてもらうまでは絶対に」

 彼の手には、言葉通りの力があった。
 
(……本当にこの方は)

 ヘルミナは、自身が泣き笑いのような表情を浮かべていることを自覚する。

「あ、あの、本当に困るんです。貴方が優しい人だとは分かっていますが、これ以上は迷惑です。お願いです、離して下さい」

 ヘルミナなりの精一杯の抵抗だった。
 だが、ルクロイの手には変わらず力があった。

「違います。これは優しさなどではありません」

 これもまた、自身への気遣いだろうか。
 ヘルミナは申し訳なさからルクロイの手を外そうと試みる。

「で、ですから! 困るんです! 貴方の優しさにこれ以上甘えさせていくただくわけには……っ!」

「違う!! これは優しさなんかじゃ無い!!」

 ヘルミナは抵抗を忘れて立ち尽くすことになった。
 初めて聞くルクロイの声音だったのだ。
 彼は切実な眼差しでヘルミナを見つめてくる。

「本当に……違うんです。これは貴女のためじゃありません。私は貴女に、妻として屋敷に来て欲しいのです」

 ヘルミナは目を丸くするしかなかった。

「……は、はい? つ、妻……ですか?」

「そうです。来てはいただけないでしょうか?」

 ルクロイは真剣そのものの表情だった。
 ただ、これでその言葉を信じられるかと言えば、それは違う。
 
 住む世界が違えば、そのような対象になるはずが無いのだ。
 きっと自分を引き止めるための方便に違いなかった。
 ヘルミナは戸惑いながらも苦笑を返すことになる。

「あ、あの、いきなりそのような戯れを申されましても……」

「戯れなんかじゃない! 私は本気です。ハルムと婚約したと聞いた時から、私はずっと後悔していました。3男風情ではと、口にする勇気が出せなかったことをずっと後悔していた。だが今日は……後悔するつもりはありません」

 その必死の眼差しを受けて、さすがに理解せざるを得なかった。

(ほ、本気……なのでしょうか?)

 だが、やはり信じきれはしなかった。
 その理由はと言えば、ヘルミナ自身にある。

「あ、あの、私ですよ? その、理解はされていらっしゃいますか?」

「理解とは?」

「で、ですから……わ、私なんです。容姿も悪ければ、性格も暗くてどうしようもなく……実家の財産だってもう……あの、本当に理解されていらっしゃいますか?」

 妻に求めるような女ではないと理解しているのか?

 返答は無かった。
 代わりに、ヘルミナの腕からルクロイの手が離れる。
 
 やはり誤解か何かだったらしい。
 そう安堵して、しかしヘルミナは驚きに目を丸くすることになった。

 抱きしめられていた。
 包み込まれるようにして、固く優しく抱きしめられていた。
 
 少なくともだった。
 理解出来るところはあった。
 それは、ルクロイがは自分を必要としてくれていることだ。
 必要な存在として肯定してくれていることだ

 その事実にどうしようも無かった。
 ヘルミナは泣いた。
 ルクロイの胸に顔をうずめて、ただただ嗚咽をもらし続けた。
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