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6、婚約者
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基本として、エメルダに他の貴族の女性との交流は無い。
茶会や夜会、式典などの公的な場は話は別だ。
しかし、それ以外の場において、悪女と交流を持とうなどという淑女は珍しいを通り越して皆無だった。
であればこそ、驚きしかなかった。
茶会からの帰り道だ。
王宮の廊下を歩いていれば、1人の女性が前に進み出てきた。
明らかに自分に用事があるという風であれば、エメルダは立ち止まりながらに目を丸くすることになる。
(度胸があるわねぇ)
真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
なにせ、自分は王国に名を轟かせた悪女様なのだ。
用事が何であれば、目を合わせることすら多大な勇気が必要であるはずだった。
しかし、彼女はエメルダの前に立ちふさがってきた。
年の頃は、17、18といった所か。
20を超えたエメルダからすれば少女のようにも見える彼女は、鋭い目をしていきなり口を開いてきた。
「話があります」
王女に対するにしては礼に欠いた振る舞いだった。
ただ、慇懃な無礼にはとことん慣れ親しんでいる。
気にせず応じることにした。
「そう、私に話ね。でも、まず名乗っていただいてもよいかしら?」
生憎、知らない顔だったのだ。
彼女は変わらずぶっきらぼうに応えてくる。
「シュレン伯爵家のメリスと申します」
その名に、エメルダは軽く首をかたむける。
彼女の表情からうかがえるのは、恐らくのところ怒りだった。
であれば、悪女の妨害を受けて、その怒りを本人にぶつけようとしに来たのか予想していたのだ。
ただ、シュレン伯爵家。
悪女として、何かしらの関わりがあった覚えは無かった。
「そのメリスさんが、私に何かご用事? 侍女たちは下がらせた方が良いかしら?」
不思議に思いつつ、早速本題に切り込む。
メリスは怒りの表情のままで首を左右にしてくる。
「侍女を下がらせずともけっこうです。周知の話ですから」
「周知の話?」
「はい。私はクレイン・レフ様の婚約者です。その立場で、貴女に彼についての話があって参りました」
エメルダは作った笑みのままで固まることになった。
(……えっと?)
妙に衝撃を受けたのだった。
よく分からないままに衝撃を受けていた。
エメルダは思わずその言葉を呟く。
「……婚約者?」
「そうです。私は、彼の婚約者です。ご存知ではありませんでしたか?」
当然、そうだった。
遠い話だと思っていれば、クレインにそんな存在がいるなど考えもしてはこなかったが、
(……そっか)
どうやら彼はそんな年頃らしい。
エメルダは不思議な脱力感と共にその事実を咀嚼しているのだが、そんなエメルダにくだんの婚約者だった。
落ち着くのを待ってはくれないようだ。
目を鋭く光らせれば、口を開いてくる。
「もう、止めていただけませんか?」
「……止める?」
「彼につきまとうことをです! それに決まっているじゃありませんか!」
別につきまとってなどいない。
そう返そうと思ったが、その前にだった。
メリスが声を荒げて言葉を連ねてくる。
「みんな、迷惑しているんです!! 貴女のせいで
、私も彼も、彼の家族も!! 貴女のせいで、彼の評判は滅茶苦茶なんです!! そんなの貴女も分かっていますよね!?」
これには胸が疼くところがあった。
それはエメルダが考えないようにしていたことだった。
密会など露見しないはずが無いのだ。
そして、それが露見した時に彼がどんな評判を得ることになるのか。
「それは……まぁ、そうでしょうね」
「他人事のように!! アルミス侯爵家だって滅茶苦茶です!! 貴女が何を吹き込んだか知りませんが、クレイン様はお義父様にとにかく反抗的で!!」
「……そっか」
「何より私だって……クレイン様は私にまったく会ってくれなくて……どうしてくれるんですか!! 全部、貴女のせいですよっ!! 貴女がっ!! 全部っ!!」
顔を真っ赤にし、涙をこぼしながらの批判の声だった。
だが、実際のところ、それがエメルダに響いたところは小さかった。
知ったことではない。
それが本音だ。
自身が親子の反目を煽った覚えは無ければ、それはクレインとその親の性格の不一致によるところが大きいようにしか思えなかった。
メリスとクレインの仲も同様だ。
エメルダがクレインをたぶらかしたような事実は無い。
彼女の魅力がクレインに響かなかったところで、そこに責任など持ちようが無い。
ただ、思うところはあった。
いよいよその時が来た。
その実感が胸にはあった。
「……まぁ、安心しなさい」
そう口にして、エメルダは泣き顔のメリスにほほ笑むことになる。
「貴女の言いたいことは分かったわ。大丈夫。すぐに貴女は悩まずにすむようになるから」
茶会や夜会、式典などの公的な場は話は別だ。
しかし、それ以外の場において、悪女と交流を持とうなどという淑女は珍しいを通り越して皆無だった。
であればこそ、驚きしかなかった。
茶会からの帰り道だ。
王宮の廊下を歩いていれば、1人の女性が前に進み出てきた。
明らかに自分に用事があるという風であれば、エメルダは立ち止まりながらに目を丸くすることになる。
(度胸があるわねぇ)
真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
なにせ、自分は王国に名を轟かせた悪女様なのだ。
用事が何であれば、目を合わせることすら多大な勇気が必要であるはずだった。
しかし、彼女はエメルダの前に立ちふさがってきた。
年の頃は、17、18といった所か。
20を超えたエメルダからすれば少女のようにも見える彼女は、鋭い目をしていきなり口を開いてきた。
「話があります」
王女に対するにしては礼に欠いた振る舞いだった。
ただ、慇懃な無礼にはとことん慣れ親しんでいる。
気にせず応じることにした。
「そう、私に話ね。でも、まず名乗っていただいてもよいかしら?」
生憎、知らない顔だったのだ。
彼女は変わらずぶっきらぼうに応えてくる。
「シュレン伯爵家のメリスと申します」
その名に、エメルダは軽く首をかたむける。
彼女の表情からうかがえるのは、恐らくのところ怒りだった。
であれば、悪女の妨害を受けて、その怒りを本人にぶつけようとしに来たのか予想していたのだ。
ただ、シュレン伯爵家。
悪女として、何かしらの関わりがあった覚えは無かった。
「そのメリスさんが、私に何かご用事? 侍女たちは下がらせた方が良いかしら?」
不思議に思いつつ、早速本題に切り込む。
メリスは怒りの表情のままで首を左右にしてくる。
「侍女を下がらせずともけっこうです。周知の話ですから」
「周知の話?」
「はい。私はクレイン・レフ様の婚約者です。その立場で、貴女に彼についての話があって参りました」
エメルダは作った笑みのままで固まることになった。
(……えっと?)
妙に衝撃を受けたのだった。
よく分からないままに衝撃を受けていた。
エメルダは思わずその言葉を呟く。
「……婚約者?」
「そうです。私は、彼の婚約者です。ご存知ではありませんでしたか?」
当然、そうだった。
遠い話だと思っていれば、クレインにそんな存在がいるなど考えもしてはこなかったが、
(……そっか)
どうやら彼はそんな年頃らしい。
エメルダは不思議な脱力感と共にその事実を咀嚼しているのだが、そんなエメルダにくだんの婚約者だった。
落ち着くのを待ってはくれないようだ。
目を鋭く光らせれば、口を開いてくる。
「もう、止めていただけませんか?」
「……止める?」
「彼につきまとうことをです! それに決まっているじゃありませんか!」
別につきまとってなどいない。
そう返そうと思ったが、その前にだった。
メリスが声を荒げて言葉を連ねてくる。
「みんな、迷惑しているんです!! 貴女のせいで
、私も彼も、彼の家族も!! 貴女のせいで、彼の評判は滅茶苦茶なんです!! そんなの貴女も分かっていますよね!?」
これには胸が疼くところがあった。
それはエメルダが考えないようにしていたことだった。
密会など露見しないはずが無いのだ。
そして、それが露見した時に彼がどんな評判を得ることになるのか。
「それは……まぁ、そうでしょうね」
「他人事のように!! アルミス侯爵家だって滅茶苦茶です!! 貴女が何を吹き込んだか知りませんが、クレイン様はお義父様にとにかく反抗的で!!」
「……そっか」
「何より私だって……クレイン様は私にまったく会ってくれなくて……どうしてくれるんですか!! 全部、貴女のせいですよっ!! 貴女がっ!! 全部っ!!」
顔を真っ赤にし、涙をこぼしながらの批判の声だった。
だが、実際のところ、それがエメルダに響いたところは小さかった。
知ったことではない。
それが本音だ。
自身が親子の反目を煽った覚えは無ければ、それはクレインとその親の性格の不一致によるところが大きいようにしか思えなかった。
メリスとクレインの仲も同様だ。
エメルダがクレインをたぶらかしたような事実は無い。
彼女の魅力がクレインに響かなかったところで、そこに責任など持ちようが無い。
ただ、思うところはあった。
いよいよその時が来た。
その実感が胸にはあった。
「……まぁ、安心しなさい」
そう口にして、エメルダは泣き顔のメリスにほほ笑むことになる。
「貴女の言いたいことは分かったわ。大丈夫。すぐに貴女は悩まずにすむようになるから」
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