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5、4年後
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「……しかし、大きくなったわねぇ」
夜闇の中で、エメルダはしみじみと頷くことになる。
その頷きの相手は、隣に立つ少年だ。
いや、もはや少年と呼べるのかは多少怪しかった。
しゃがんで視線を合わせる必要があったのも、いつかの昔だ。
今はその必要は無い。
普通に立てば、その視線の先に顔があるようになっている。
その顔つきもまた、かつてからの変化は著しかった。
多分にあどけなさを残しているのだ。
だが、青年の鋭さというのが、その顔つきにはにじみ出るようになってきている。
そんな彼……クレインはもちろんと頷きを返してきた。
「当然です。初対面から、すでに4年が経っているのですから」
その声もまた、幼さから遠いものだ。
声変わりの終わりかけであれば、太い大人の声になりかけていた。
「……本当ねぇ」
呟けば実感することになる。
思い返せばそうだった。
彼との初対面から、すでに4年の月日が流れたのだ。
結局のところだ。
エメルダとクレインの関係は、次の再会では終わらなかった。
同じ夜会に参加したのであれば、庭園の奥で密会をする。
そんな取り決めが自然と出来上がれば、月に一度程度の付き合いが続くことになった。
それが積み重なっての4年。
エメルダは、青年の入り口に立っているだろう14のクレインを見上げる。
「立派になった……のかしらね?」
「む? なんですか、その疑問の声は」
不服そうに眉をひそめるクレインに、エメルダは笑みを向ける。
「だって、あっという間だったもの。私の中じゃ、まだまだ貴方は10のクレインくんって感じがして」
この返答が、さらなる彼の不満を呼んだようだった。
クレインはごほんと不本意そうに咳払いをする。
「く、クレインくんとはなかなか……エメルダ様には失礼ながら、それは事実を見誤っておられます。私はもう子供ではありません」
「あら、そうなの?」
「はい。お父上からは、すでにユクランド子爵の爵位を譲っていただいておりますので」
聞いた覚えはあった。
アルミス侯爵家では、成人した嫡男には当主になるまでユクランド子爵を名乗らせておくらしいが。
「あはは。なるほど、それで子供じゃないって?」
「いかにも。私はもう、エメルダ様の隣に立ってもおかしくない男性ということです」
クレインは軽く胸を張っての澄まし顔だった。
その様子に、エメルダは申し訳ないとは思いつつも、どうしようもなく含み笑いをもらす。
「……はは、ふふふ……あ、貴方、なんだか変わったわね」
「ですから、大人の男になったと……」
「昔はそんな背伸びしなかったのに。今はなんだか、うん。逆に可愛くなったかな?」
「え、エメルダ様っ!」
顔を真っ赤にしての叫びを浴びることになったが、その様子がさらにエメルダに笑いを呼んだ。
(まったく、可愛らしい子)
申し訳なくとも、しばらくは大人扱いは難しそうだった。
そんなクレインは、これ以上否定を叫べば逆に子供扱いされるとでも思ったのかどうか。
再び、ごほんだった。
咳払いして澄まし顔を作って見せてきた。
「まぁ、この話は止めましょう。しかし、聞きましたよ。シュライク男爵に怒鳴込まれたらしいですね?」
エメルダは「あぁ」と頷きを見せることになる。
「聞いたの。そうね、そんなことがあったわね」
「領地の加増の約束を反故にされたと叫んでいたようですが」
「その通りよ。我がお父上殿が、ちょっと良い贈り物をされたからって口約束をしたみたいで。まぁ、後はいつも通り」
この4年間における、変わらずのいつも通りだった。
エメルダの介入によって、約束はご破産になったということだ。
クレインは表情を曇らせてきた。
「……また、エメルダ様を悪女などと罵る輩が増えますね」
エメルダは苦笑で頷く。
「そうね。ま、減りはしないでしょうとも」
「……難しいところです。エメルダ様の理の正しさを説けば、それはすなわち陛下への非難に繋がります。なかなか、穏便に貴女への誤解を解くことは……」
悩ましげなクレインにエメルダは思わず笑みを向ける。
「もしかして、また? また、私について考えてくれてる?」
「当然です。エメルダ様ばかりが悪者にされている現状、このまま見過ごすわけには」
その自らへの配慮の言葉に、エメルダは笑みを深め、しかし否定に首を左右にする。
「ふふ、別に良いのよ。私が悪者になっている現状が一番丸く収まっていると言えるし。それに……ね?」
エメルダはクレインにほほえみかける。
理解者がいればということだ。
クレインが自分の理解者としていてくれれば、悪女のそしりも大したことは無い。
クレインは「はぁ」とため息をつき頭をかいた。
「私としては、それで良いとは思えませんが……分かりました。次は10日後の夜会となるでしょうか?」
「そうね。じゃあ、その時にまた」
再会を約束すれば別れることになる。
エメルダは彼に背を向けて庭園を進み……なんともなしに苦笑を浮かべることになった。
(これも、いつまで続くのかしらね)
いつかはこの関係も終わることになるだろう。
そうエメルダは理解していた。
クレインもその内に大人になる。
大人の外見を得れば、妻を娶り、一族のために力を尽くす時が来ることだろう。
きっとその時には終わっている。
彼の関心はエメルダに無ければ、夜会における密会など無いものとなっているだろう。
だが、それはまだ先の話であろう。
そうともエメルダは理解していた。
彼はまだまだ子供だ。
そのいつかの日も、3年、4年と先の未来であるに違いない。
そう信じていた。
夜闇の中で、エメルダはしみじみと頷くことになる。
その頷きの相手は、隣に立つ少年だ。
いや、もはや少年と呼べるのかは多少怪しかった。
しゃがんで視線を合わせる必要があったのも、いつかの昔だ。
今はその必要は無い。
普通に立てば、その視線の先に顔があるようになっている。
その顔つきもまた、かつてからの変化は著しかった。
多分にあどけなさを残しているのだ。
だが、青年の鋭さというのが、その顔つきにはにじみ出るようになってきている。
そんな彼……クレインはもちろんと頷きを返してきた。
「当然です。初対面から、すでに4年が経っているのですから」
その声もまた、幼さから遠いものだ。
声変わりの終わりかけであれば、太い大人の声になりかけていた。
「……本当ねぇ」
呟けば実感することになる。
思い返せばそうだった。
彼との初対面から、すでに4年の月日が流れたのだ。
結局のところだ。
エメルダとクレインの関係は、次の再会では終わらなかった。
同じ夜会に参加したのであれば、庭園の奥で密会をする。
そんな取り決めが自然と出来上がれば、月に一度程度の付き合いが続くことになった。
それが積み重なっての4年。
エメルダは、青年の入り口に立っているだろう14のクレインを見上げる。
「立派になった……のかしらね?」
「む? なんですか、その疑問の声は」
不服そうに眉をひそめるクレインに、エメルダは笑みを向ける。
「だって、あっという間だったもの。私の中じゃ、まだまだ貴方は10のクレインくんって感じがして」
この返答が、さらなる彼の不満を呼んだようだった。
クレインはごほんと不本意そうに咳払いをする。
「く、クレインくんとはなかなか……エメルダ様には失礼ながら、それは事実を見誤っておられます。私はもう子供ではありません」
「あら、そうなの?」
「はい。お父上からは、すでにユクランド子爵の爵位を譲っていただいておりますので」
聞いた覚えはあった。
アルミス侯爵家では、成人した嫡男には当主になるまでユクランド子爵を名乗らせておくらしいが。
「あはは。なるほど、それで子供じゃないって?」
「いかにも。私はもう、エメルダ様の隣に立ってもおかしくない男性ということです」
クレインは軽く胸を張っての澄まし顔だった。
その様子に、エメルダは申し訳ないとは思いつつも、どうしようもなく含み笑いをもらす。
「……はは、ふふふ……あ、貴方、なんだか変わったわね」
「ですから、大人の男になったと……」
「昔はそんな背伸びしなかったのに。今はなんだか、うん。逆に可愛くなったかな?」
「え、エメルダ様っ!」
顔を真っ赤にしての叫びを浴びることになったが、その様子がさらにエメルダに笑いを呼んだ。
(まったく、可愛らしい子)
申し訳なくとも、しばらくは大人扱いは難しそうだった。
そんなクレインは、これ以上否定を叫べば逆に子供扱いされるとでも思ったのかどうか。
再び、ごほんだった。
咳払いして澄まし顔を作って見せてきた。
「まぁ、この話は止めましょう。しかし、聞きましたよ。シュライク男爵に怒鳴込まれたらしいですね?」
エメルダは「あぁ」と頷きを見せることになる。
「聞いたの。そうね、そんなことがあったわね」
「領地の加増の約束を反故にされたと叫んでいたようですが」
「その通りよ。我がお父上殿が、ちょっと良い贈り物をされたからって口約束をしたみたいで。まぁ、後はいつも通り」
この4年間における、変わらずのいつも通りだった。
エメルダの介入によって、約束はご破産になったということだ。
クレインは表情を曇らせてきた。
「……また、エメルダ様を悪女などと罵る輩が増えますね」
エメルダは苦笑で頷く。
「そうね。ま、減りはしないでしょうとも」
「……難しいところです。エメルダ様の理の正しさを説けば、それはすなわち陛下への非難に繋がります。なかなか、穏便に貴女への誤解を解くことは……」
悩ましげなクレインにエメルダは思わず笑みを向ける。
「もしかして、また? また、私について考えてくれてる?」
「当然です。エメルダ様ばかりが悪者にされている現状、このまま見過ごすわけには」
その自らへの配慮の言葉に、エメルダは笑みを深め、しかし否定に首を左右にする。
「ふふ、別に良いのよ。私が悪者になっている現状が一番丸く収まっていると言えるし。それに……ね?」
エメルダはクレインにほほえみかける。
理解者がいればということだ。
クレインが自分の理解者としていてくれれば、悪女のそしりも大したことは無い。
クレインは「はぁ」とため息をつき頭をかいた。
「私としては、それで良いとは思えませんが……分かりました。次は10日後の夜会となるでしょうか?」
「そうね。じゃあ、その時にまた」
再会を約束すれば別れることになる。
エメルダは彼に背を向けて庭園を進み……なんともなしに苦笑を浮かべることになった。
(これも、いつまで続くのかしらね)
いつかはこの関係も終わることになるだろう。
そうエメルダは理解していた。
クレインもその内に大人になる。
大人の外見を得れば、妻を娶り、一族のために力を尽くす時が来ることだろう。
きっとその時には終わっている。
彼の関心はエメルダに無ければ、夜会における密会など無いものとなっているだろう。
だが、それはまだ先の話であろう。
そうともエメルダは理解していた。
彼はまだまだ子供だ。
そのいつかの日も、3年、4年と先の未来であるに違いない。
そう信じていた。
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