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9、レドとの日常

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 治療を受けたアザリアは、そのままレドの元で過ごすことになった。

 正確には、過ごさざるを得なくなったというべきか。
 レドの態度に困惑している内に、メリルに鳥かごに入れられてしまったのだ。

 最初は慌てたものだった。
 これでは、元の体を探すことも、ハルートの現状を調べることも出来ない。
 だが、メリルたちはアザリアが飛べるようなれば、その時に放すつもりのようだった。
 
 アザリアは考えることになった。
 変に暴れて森に捨てられてしまえばどうか?
 その時には疑う余地も無く死んでしまうことだろう。
 一方で現状だ。
 少なくともここでは、カラスや森の獣の心配は無い。
 野菜や水など、食料の世話をしてもらえることは非常にありがたい。

 よって、アザリアは大人しくかごの鳥になっていた。
 居場所はと言うと、治療を受けた部屋の窓際だ。
 この部屋はレドの書斎であるらしい。
 窓際からは、書斎机に向かう彼の姿をよく目にすることになった。

 かごの中で、アザリアには特別出来ることは何も無い。
 なので今日も今日とてである。
 午後の強い日差しの差し込む室内で、アザリアは彼の様子をじっと眺め続ける。

(……この男は一体何なのでしょうか?)

 そしての胸中はそれだった。
 保護されて2日目になるが、日がな一日観察して考え続けているのだ。
 この男は一体何なのか。
 どういう人物なのかどうか。
 
 アザリアを偽物だと断じ蔑む者。
 真実を見抜く力も無ければ、自身の妄想によってのみ動く無知蒙昧むちもうまいの輩。
 性格は最悪の一言。
 傲慢ごうまんであり、下品にして無礼。

 それがアザリアの彼への印象だった。
 だが、どうにもである。
 先日の言動を見る限り、どうにも何か違うのだ。
 レドには、アザリアを偽物だと蔑んでいる様子は無かった。
 さらには、性格もどうにも違う。
 アザリアの視線に気づいたのかどうか。
 不意にレドは、アザリアに屈託の無い笑みを見せてきた。

「なんだ、気になるのか? 残念ながら、お前にとって面白いところは無いぞ。いや、別に私にとってもさして面白いわけでは……あ。おっと、これはいかん」

 愚痴らしきものを吐きかけたレドは、突然慌てたように立ち上がった。
 何事かと思っていると、彼はアザリアの鳥かごに近づいてきた。
 そのまま持ち上げてくる。
 やはり何事かと思っていると、彼は鳥かごを窓際から離れた場所に置き直したのだった。

「病人に強い光はな。悪かったな、気がつかなくて」

 日差しが辛いから場所を変えて欲しい。
 彼はアザリアがそんな訴えをしているものと推測したらしかった。

(……人の良い配慮と言いますか)

 あらためて見つめてしまう。
 今の彼は、傲岸不遜な悪漢には見えなかった。
 いや、今に限った話では無い。
 メリルや、他の侍女、侍従と接している時の彼は、気の良い青年にしか見えないのだ。

 だが、アザリアは知っている。
 長年のアザリアへの傲岸な振る舞いは事実だ。
 玉座での憎悪に値する振る舞いも、また事実。

 では、一体彼は何者なのか?
 思い悩むアザリアに、レドは不思議そうに首をかしげてきた。

「ふーむ、まだ見てきているが、何だ? 水は先ほど変えたばかりだが……ん?」

 レドが扉へと目を向けたが、その理由はアザリアにも分かった。
 扉がコンコンと軽やかに鳴らされたのだ。
 次いで、声も入ってきた。

「レドさま。メリルです」

 レドは「あぁ」と頷いた。

「君か。空いているぞ」

「では失礼しまして……あら」

 入ってきたメリルが軽く首をかしげる。
 
「お仕事中かと思っていましたが、何です? お客様と遊んでいたのですか?」

 レドは笑って彼女に応じる。

「まぁ、似たようなものだ。しかし、どう思う? お客人に何か訴えられているような気がするのだがな」

「何かですか? はてさて。さすがの私でも、なかなか鳥の感情を読み取るのは難しいものですが……」

 メリルは笑顔で鳥かごのアザリアを覗き込んでくる。
 そんな彼女に対して、アザリアはレドと同様に悩ましい思いをさせられるのだった。

(彼女もそうですよね)

 一体何者なのか分からない。
 
 レド──ケルロー公爵と、こうも親しげに接しているのだ。
 おそらく、農村出身という話は嘘だろう。
 では、彼女の出自は?
 一体どんな経緯で、一体どんな目的でアザリアと行動を共にするようになったのか?

(……分からないことだらけで頭が……うーん)

 痛くなってきたところでメリルである。
 不意に、パンと両手を景気良く鳴らして見せた。

「あ、そうです! きっとですね、もう治ったから出せと無言の催促でもしているのでは?」

 特にそんな事実は無いのだが、メリルはそう推測したらしい。
 一方で、レドである。
 彼はいぶかしげに首をかしげた。

「そうなのか? 治ったと言うが、ここに来てまだ2日だぞ?」

「ははは、人間とは違いますから。野の獣は回復力が高いですからねー」

「確かに、そういう話は聞くな」

「ということで、開けますよ? 良いですよね?」

 レドが「まぁ」と頷くと、メリルの手により鳥かごの小さな入り口は開かれた。
 次いで、部屋の窓も開かれる。
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