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24話:危機と調査③

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(どうにも楽観が過ぎたようだな)

 まず浮かんだのは反省だった。
 追放刑を言い渡された時から、ずっと楽観し続けてきたのだ。
 何か行き違いがあったに過ぎず、きっとその内に丸く収まるに違いないと。

 ただ、どうにでもある。
 そんな簡単な話では無さそうだった。

 クーリャは信じたいところだが、アルブ宰相ハメイ・シュタンゲルは間違いないだろう。
 敵意なり、害意なりだが、濃厚に臭ってくるものがある。

(どうしたものなのやら)

 壁に手を突き、胸中で「やれやれ」だった。
 何故恨みを買ってしまっているのかは不明だが、ともあれ八方ふさがりに近い。
 ハメイに従えば塩は買えるかもしれない。
 だが、武力に劣る開拓団の面々を見殺すことになる。
 
 参戦する代わりに、開拓団のための戦力を要求するのはどうか?
 そんな提案を、一応ルイーゼに話してみたことはあった。
 ドラゴンを倒せる程度の戦力があれば、フォレスでは無くとも開拓団を守ることは出来るからだ。
 ただ、その提案は彼女によって言語道断と切り捨てられてしまったが。

 追放刑に処した男を、わざわざ呼び戻そうとしている。
 さらには難民の保護のために、いくばくの兵力も動員出来ていない。
 そんな国家に、余剰の戦力などあるのかどうか。
 
 非常に道理であり、納得だった。
 だからこそフォレスは「はぁ」である。
 手頃な解決策はどうにも無いようだった。

 だとすれば、戦争が早いこと終わってくれはしないか。
 そう願いもするが、これも望みは薄だ。
 
(現状ではなぁ)

 難民たちの間では希望の声も上がっていた。
 人形らしき腕を運んできた者たちが、笑顔で語ってくれた。
 西国では、このような魔術人形を生産しているらしく、東国はこれにまったく刃が立っていないらしい。
 戦争はすぐに西国の勝利で終わるだろう、と。

 その時のフォレスはといえば、完全に愛想笑いだった。
 良く出来た魔道具ではあった。
 しかし、完全に『苦肉の策』に過ぎなければ、戦況を決定的にするとは思えなかったのだ。

 本質的に、魔術師は戦闘には向いてはいない。

 いささか技術が高度過ぎるのだ。
 術式を編み込み、それにふさわしい魔力を練り上げ、視界において期待した現象を寸分の狂いなく描き切る。
 それを戦場という、決して魔術だけに没頭出来るわけの無い環境で実践しなければならない。

 常人のわざではなかった。
 かつての同僚、ブラムスのような戦闘型の魔術師は、1000に1人も存在し得ない。

 西国は『魔術神』を奉ずる国家だ。
 主戦力は当然魔術師。
 だが、その魔術師は1000人に1人も戦場で活躍し得ない。
 だからこその、魔術人形だったのだろう。
 魔術師が少しでも魔術に集中出来るようにするため、おそらくブラムスが急遽こしらえたのだ。

 現状ではそれは有効に働いているようだった。
 しかし、フォレスからすれば、これはやはり苦肉の策に過ぎない。
 問題は、魔術人形の出来だ。
 現代の技術の粋を集めて作られたのだろうが、フォレスの見立てではいつまでも優位を保てる代物では無い。
 多少俊敏でも複雑な動きは期待出来ない。
 人は慣れるのだ。
 東国の兵士たちも、今はこの見慣れぬ魔道具に動揺しているだろう。
 しかし、慣れる。
 扱い方を覚える。
 効率的に処分出来るようになる。

 西国の有利は一時のことだろう。
 ただ、東国が有利になるわけでもきっと無い。
 慣れたところで、人を殺せる魔術人形である。
 対処に注意が必要なことは間違いなく、そのことが西国の魔術師には魔術のための余裕を与える。

(長引くだろうな)

 戦争は続く。
 惨禍は広がる。
 難民は生まれ続ける。

 フォレスは少しばかり遠い思いを抱くことになった。
 今の自分は『魔術神』と『武芸神』の加護を受け、世界を救う一端になり得た実力者では無い。
 それでも、一度でも救世に関わった者として、思わず考えてしまう。

(俺に……)

 何か出来ることはないのだろうか?
 戦争を止め得ることは出来ないのだろうか?

 フォレスは苦笑を浮かべる。
 とんだ思考の飛躍だった。
 今の自分は、救世にたずさわることの出来る何者かではない。
 自身も生存の危ぶまれる、塩の不足と冬の到来に怯えるただの1人に過ぎないのだ。

 だから、仕方がない。
 自分とその周囲のことに必死になっていたとしても、それは……そう、仕方のないことだった。

「……ふぉれす?」

 はっ、となる。
 どうやら、かなり思案にふけてしまっていたらしい。
 フォレスは声の方向──肩の上のマグヴァルガに笑みを向ける。

「あー、すまない。どうしたんだ? 肩から降りたいのか?」

 自らの足で楽しく調査をしたくなったのかと思ったのだ。
 しかし、そうではないらしい。
 マグヴァルガはもじもじとして何か言いにくそうにしている。

「ま、マグちゃん?」

「……え、えーと、やりすぎ?」

「へ?」

「こうしたほうがいいかなーってなって、でも、ちょっとうーん。おもい? おしつけ? こまっちゃってる?」

 間違いないこととして、困っているのは事実だった。
 彼女が何を言いたいのか?
 考えてもなかなか理解が難しい。

 ここで頼れるのがルイーゼである。
 首をかしげて見つめると、彼女は何故か申し訳なさそうに頭をかいた。

「あの、私からもすみません。気分転換になればと思ったのですが、どうにも押し付けがましいだけであったようで」

 ようやく理解が生まれたのだった。
 どうやら彼女たちは、気遣いがかえって負担になっているのではないと心配しているらしい。

 フォレスは苦笑だった。
 反応に困っての苦笑だ。
 そんなことは無いと答えたかった。
 だが、これだけ思い悩む姿を見せてしまったのだ。
 良い気分転換になったとするのは嘘くさいだろう。

「……あー、うむ。確かに、今の状況で気分転換は少し難しかったと言うか。だが、ありがとう。本当に嬉しかった」

 ルイーゼの顔に浮かんだものも苦笑だった。

「そう言っていただけると、ありがたいです。しかし、そうですね。現状で気を晴らすのは難しいですよね」

 すると、マグヴァルガである。
 彼女は「うんうん」と悩ましげに頷いた。

「しお、いのちのきほん。いま、あかるくなるのむずかしい。まぐちゃん、せーふ。じまんのうたごえ、ひろうすべきときじゃなかった。せーふ」

 フォレスは「え?」だった。

「ま、マグちゃん? 自慢の歌声? え、なにそれ。めちゃくちゃ聞きた……」

「では、なにをすべきか? こころから。こころから、ふぉれすがよろこべることはなにか? むむ、むむむむ」

「……あのー?」

 声が届いている気配は無かった。
 彼女は腕組みして、真剣そのものの表情でうなっている。
 ルイーゼがフォレスの肩をポンと笑顔で叩いてくる。

「まぁ、その内に拝聴する機会にも恵まれるでしょう」

「……うん」

 非常に後ろ髪を引かれたが、またの機会に期待することにした。
 さて、である。
 こうなると、もはやこの場に用は無い。

「帰るとするかな」

「そうですね。ただ、最後にです」

 フォレスは首をかしげる。
 ルイーゼは笑顔で部屋の片隅を指差していた。
 つられて、その方向に目を向ける。

「……箱?」
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