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21話【クーリャ視点】:誤算②

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 そのまま軍営にいられるわけも無かった。

「し、失礼しますっ!」

 クーリャは扉を弾くようににして押し開く。踏み入る。
 そこは下品なほどに豪華に調ととのえられた書斎であった。
 王都、王宮にある書斎である。
 その主は、ハメイ・シュタンゲル。
 彼は机に向かい、何やら紅茶をたしなんでいたようだった。 
 金の細工が入ったカップを置き、目を丸くしてくる。

「これは驚いた。貴殿は前線にいらっしゃったはずでは?」

 その通りであり、『高速行軍』などのスキルをもって全力でここまでやってきたのだが、そんなことはどうでもよかった。

「ふぉ、フォレスを……フォレスを呼び戻したというのは……っ!?」

 クーリャの頭にあるのはそればかりだった。
 自らの目的は完全に失敗してしまったのか?
 肩で息をしながらにハメイを見つめる。
 その彼は「あぁ」だった。
 頷いて、微笑を浮かべた。

「なるほど、そのことで。ご心配なされるな。軍務卿の地位と名誉は貴殿のもの。決して、フォレスなどという下賤げせんなる輩のものとはなりません」

 俗物らしい勘ぐりであったが、当然これもクーリャにとってはどうでもいい。

「よ、呼び戻したことは事実であると?」

 尋ねかける。
 すると、ハメイは何故か不快げに眉をひそめた。

「勘違いはされませんように。これは決して私の本意ではありませんので」

「は、はい?」

「戦況が原因でしょうな。『武芸神』殿やその周囲の者どもが、しきりにあの者を呼び戻せと騒いで……まったく、理解出来ん。何故連中は、あの程度の男にそう肩入れをするのか」

 相変わらずの嫉妬心がうかがえるが、重要なのはそこではない。

(じ、事実だったか……)

 全身から力の抜けるような感覚があった。
 自らの努力、覚悟は全て徒労とろうだったのだ。だが、

「……フォレスはそれを承諾したので?」

 あがきだった。
 わずかな期待を込めての問いかけである。
 ハメイは「さて?」と肩をすくめた。

「それは分かりませんな。使者を送りましたが、たどり着くのがそろそろといった頃合いでは?」

 光明が差したような心地だった。
 まだなのだ。
 まだ全てが無駄にはなっていない。
 
 追放刑の時とは違うのだ。
 あの時、フォレスは大人しく刑に従った。
 だがそれは、冤罪であるという確信があり、さらには彼個人のことであったためだろう。
 被害を被るのは自分自身だけであり、誰にも迷惑はかけない。
 もし、刑罰の対象がかつての仲間たちに及ぶようであれば、彼もあのように従順では無かったに違いない。

 そう、今回は違った。
 
 ハメイからの招集に応じることは彼だけにとどまる話ではない。
 自らが守ってきた人々を刃にかけることと同義だ。
 彼は生来せいらいのお人好しである。
 そう簡単に承諾するとは思えない。

「……しかし、楽しみではありますな」

 クーリャは意識を現実へ戻すことになる。
 ハメイを見つめる。
 彼は、嗜虐しぎゃく的に口の端を釣り上げている。

「あの聖人気取りの若造を、思い通りに出来るというのもまた。戦争は綺麗事ではありませんからなぁ。さてはて、何をさせてやりましょうか」

 それは不快であると同時に、不安を呼ぶ態度だった。

(何故だ? 何故、コイツはこんなに自信満々なんだ……?)

 フォレスは必ず自分に従う。
 そう確信しているような態度であった。
 追放系を承服させた件がそうさせているのか、もしくは他に理由があるのか。

「フォレスには何と? 追放系の撤回をお伝えされたので?」

 それなりの対価を提示した。
 だからこそのハイメの自信かと思ったのだ。
 しかし彼は、不愉快そうに眉根にシワを寄せた。

「まさか。何故あの男に私が譲歩のような真似を」

「それでは、何も無いと? フォレスにはただ招集に応じるようにお伝えされたと?」

 そうであれば望みはあった。
 だが、ハメイだ。
 彼は「ふっ」と軽く鼻を鳴らした。

「それこそ、まさかですな。さすがにあの間抜けでも、何かを察しないとは限りませんので。グズられても面倒であれば、そこはしっかりと」

 望まぬ展開であるが、耳をふさぐわけにもいかない。
 クーリャは前のめりに問いかける。

「で、では……では、何と?」

「軍務卿殿はフォレスの家族についてはご存知ですかな?」

「は? 家族? 魔王災害の中で亡くなったと聞いておりますが……」

「その通りです。なかなか使うにふさわしい人材がおらずですな。家族相応としては、魔王討伐隊の面々があるかもしれませんが、彼らは我らの重要な戦力。人質扱いするのは無駄に禍根かこんを残す可能性がありなんとも」

 平然と吐かれたその言葉を、クーリャは嫌悪なく理解することは出来なかった。
 人質を取り、脅迫する。
 彼はそんな下劣な試みについて何も悪びれることなく口にしているのだ。

(下劣なヤツ……っ!)

 怒りも湧くが、そこに拘泥こうでいしている場合では無かった。
 彼はしっかりとなどと口にしていた。
 あるのだ。
 家族やかつての仲間に匹敵するような人質の候補が。

 尋ねる必要は無かった。
 朗々としてハメイはクーリャに明かしてきた。

「軍務卿殿はご存知でしたか? 追放先においてですがな、あの男は難民どもにたかられているようなのです」

「は、はい? 難民に?」

「この辺りは貴族も下賤なる者も同じようでしてな。役立たずだとも分からずに、あの男を頼っているようで」

 クーリャは何とも言えない気分になった。
 案の定と言うべきか、彼は魔獣の森で1人苦労する程度ではいられなかったらしい。

(難民たちの命を預かることになったのか)

 同情もあれば、苦笑を浮かべたくなるような感情も湧いてくる。
 だが、それらはクーリャの胸中では小さいものだった。
 はるかに懸念の方が大きい。
 この下劣な男は、フォレスの下に難民が集まっていると聞いて何を思ったのか?

「……フォレスには何と言伝ことづてを?」
 
 その尋ねかけに、ハメイはたのしそうに笑みを浮かべる。

「その辺りは、信頼出来る使者に任せております。実情に合わせ、ふさわしい言伝をせよと。まぁ、いずれにせよ、あの稀代の偽善者のことであれば……ふふふ」
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