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20話【クーリャ視点】:誤算①

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(……はぁ)

 最前線の軍営、その片隅である。
 適当な木箱に腰を下ろしたクーリャは、どうにも胸中でのため息が止まらなかった。

 理由はといえば、突き詰めれば一つである。
 目的が上手くいっていない。
 そして、その大きな原因が足元に転がっていた。
 クーリャは「ふん」と鼻を鳴らし、足元の『それ』を軽く蹴飛ばす。
 人の形をした何かであった。
 陶器のような質感であり、ところどころに魔術由来の複雑な紋様が刻まれている。

「……くそ。あの魔女め」

 恨み節も漏れる。
 これは彼女の発明品だった。
 西国の魔女、『魔術神』が第一の使徒ブラムス。
 彼女のせいでクーリャは、ある種辛酸を舐められているのである。

 この発明品は非常に厄介な代物であった。
 
 端的に言えば、戦闘用の魔術人形である。
 蓄積された魔力を動力とし、精霊でも利用しているのかどうか。戦場で指示も無く動き、戦闘も自ら行う。

 クーリャにとっては大した脅威ではなかった。

 多少足は速くとも、動き自体は単調で分かりやすい。
 ある程度の強度はあっても、ドラゴンの鱗ほどの硬さは無い。 
 難敵とは間違ってもいえない。
 適当に一太刀で斬り伏せられる程度の存在だ。

 だが、一般の兵士たちにとってはそうではない。

 彼らにとっては、速くて硬く、さらには恐怖を知らない不気味な殺人人形なのである。
 これが戦場に大量に投入されてしまっていた。
 いくらクーリャががんばってもどうしようもない。
 面として戦況は押され、アルブは劣勢に追い込まれてしまっている。

(……しかし、まぁな)

 クーリャは人形をつかみ上げた。
 その、目も鼻も無い頭部をじっと眺める。

(アイツは何を考えているんだか)

 アイツとは、これの製作者であり、かつての同僚でもあったブラムスだ。

 クーリャの知る限り、彼女には野心のようなものは無かった。
 いつも飄々ひょうひょうとして分かりにくいところはあったが、とりたて何かに執着しゅうちゃくしたところを見たことがない。

 しかし、その彼女がこれを作ったのだ。
 クーリャは人形を置き、あごに拳をそえる。考える。
 別に、彼女についてよく知っているわけでは無い。
 それでも、彼女に野心が無いと仮定して、何故こんなものを作ったのか?
 精力的に戦争に参加しているのか?
 西国を勝たせようとしているのか?

(……もしかしたら)

 クーリャは顔を上げる。
 もしかすればだった。
 彼女も同じなのではないか。
 自身と同じ願いを抱いているのではないか?
 戦争を早期に終結させ、フォレスを人々の争いに巻き込まないようにしているのではないか?

 無論、妄想だ。
 ただ、クーリャはため息だった。
 なんとも情けなかったのだ。
 口下手で、ろくに他人と交流出来ない。
 その辺りをフォレスにはよく手助けしてもらったのだが、もし自らが人並みであれば。
 ブラムスとも語り合えていれば。

(もっと上手くやれたのかもな)

 鬱屈うつくつとした感情が湧いてくる。
 口下手の社交下手。
 それもまた、現状が上手くいっていない原因の一つなのだ。
 きっと、もっと上手くやれたのだ。
 クーリャは孤立していた。
 勇者を売った人間として、周囲からの好意は望めない。
 それでも、もう少しやりようがあったはずだった。
 戦争という状況において、仕方なしでも周囲と協力する関係を築けたはずだ。

 しかし、それがクーリャには出来なかった。
 一応の指示は飛ばしてきたものの、適切な連携が図れているとは言えない。
 実質、1人だ。
 ただただ1人、戦場で剣を振り続けることしか出来ていない。

「…………」

 クーリャは膝を抱く。
 情けなく、そして妙に寂しい。
 過去が恋しい。
 魔王討伐隊にいた時には、こんな思いをせずにすんだ。
 フォレスが自らに足りない部分を埋めてくれた。

(私はどうすれば……)
 
 思い悩み、だが、それが長引くことは無かった。
 近づいてくる複数の足音が聞こえたのだ。
 顔を上げる。
 足音通りだった。
 4人ばかりの若い兵士たちだ。
 クーリャに近づいてきていた。

(なんだ?)

 いぶかしく思う。
 フォレスを陥れた件について、文句を言いにでも来たのかどうか。
 しかし、そんな様子では無い。
 文句を言いに来たにしては、彼らの態度はどこかおっかなびっくりに見える。

(本当になんだ?)

 怪しんでいる内に、彼らはやってきた。
 先頭に立つ兵士が緊張の面持ちで口を開く。

「ぐ、軍務卿閣下! 少しお時間をよろしいでしょうか!」

 何のつもりかは分からないが時間はある。
 頷きを見せる。
 兵士は「は!」と相変わらずの緊張感で応じてきた。

「お、お礼を! お礼を伝えさせていただきたく参上しました!」

「お礼?」

「戦場でのお礼です! 私たち一同、閣下に戦場において命を救っていただきました!」

 クーリャは軽く目を見張った。
 まさかである。
 まさか自分が、非難や罵倒では無く、感謝の思いを向けられるとは思っていなかったのだ。

 しかし、この驚きの沈黙を彼らはどう理解したのか?
 兵士は慌てて声を上げる。

「お、お邪魔いたしました! では、失礼いたします!」

 彼らはきびすを返して去ろうとする。
 あっ、と思えた。
 彼らを逃してはならない。
 それは目的のためにも、自分のためにもならない。
 そう思えた。

「待て」

 え? と声が上がる。
 予想だにしなかった言葉なのだろう。
 彼らは唖然とした様子で振り返ってきた。

「あ、あのー……待てとおっしゃいましたか?」

 その通りであるが、口にすべきは同意では無い。
 もっと他に言うべきことがある。
 だが、自らの行いに対する動揺があった。
 なかなか言葉が口をついて出ない。
 それでも、なんとか震える舌を制して、クーリャはようやく言葉を紡ぐ。

「……私だけでは勝利を得られはしない」

 立ち尽くす彼らに、言葉を続ける。

「貴殿らの協力が必要だ。……よろしく頼む」

 無表情ではあっても、内心は不安で一杯だった。
 果たして、かけるべき言葉はこれで合っていたのだろうか?
 待つ。
 彼らは顔を見合わせる。
 そして、

「は、はい! もちろんです!」

「信頼していただけて嬉しいです! 任せて下さい!」

 彼らの顔には笑みがあった。
 クーリャはほっと一息だった。
 少なくとも間違いではなかったらしい。
 安堵はさらなる言葉も生む。

「そうか。ありがとう。助かる」

「いえいえ! お礼などはとんでもありません!」

「アルブの勝利のためには当然のことです! 現状は劣勢ですが、協力し合えば必ず!」

「勇者殿も帰還されるそうなのです! そうなれば、西の連中など……!」

 は? だった。
 クーリャは慌てて声を上げる。

「ちょ、ちょっと待て! 今なんと言った? 勇者? 帰還?」

 動揺を露わにするクーリャに驚いたのか、彼らは目を丸くしながらに答えた。

「は、はい。勇者殿がご帰還を」

「兵士中で噂になっています。真実だと我々は信じてしますが……」

 安堵感など、もはやどこかにいっていた。
 クーリャは唖然とし、同時にこの国の宰相の顔を思い浮かべる。
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