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「カトリーヌ。大事な話があるんだ」

 許嫁である王太子ベルナール・ド・シモンが突然そう切り出した。私は訳も分からずとりあえず話を聞くことに。

 ベルナールはサラサラとした金色の髪を揺らしながら、近寄ってきて私の右手を両手で包む。藍色の瞳はどこか潤んでいるように見えた。

「実は……とっても言い難いことなんだけれど、僕に子供ができたみたいなんだ!」
「え……?」

 あまりの内容に声を漏らすことしかできない。子供ができたというのはどう言うことだろうか。少なくとも私は妊娠などしていないし、そもそも親同士が決めた許嫁ではあるものの、そう言う関係ではまだない。

 もちろん男であるベルナールが妊娠することなどありえない。と言うことは、まさか……?

「君も覚えているだろう? 数ヶ月前、この学園でやった夜会のことを」
「え、ええ。学園内の中庭で開かれたダンスパーティーですね。あの時は、私は具合が途中で悪くなって先に失礼させてもらいましたがそれが?」

 学園というのはベルナールや私が通う、貴族たちの学び舎。この国ではやがて国を担っていく若者たちに共同意識を持たせるために、爵位のあるものは学園に通うの一般的だ。

 ちなみに今私たちがいる場所もその学園の中庭にあるテラス。隣でさっきまで午後のティータイムを楽しんでいた級友などは、目を丸くしながら私たちのやり取りを凝視している。

「それがね。あの時、君が帰ってしまったせいで、一人になってしまった僕は、別の女性と共に過ごしていたんだ。マリーナと言うんだけど、知っているかい? くりくりとした目が愛らしい子なんだけど」
「え? 一学年下の、マリーナ・ペタンですか?」
「うん。そう。その子だ。そのマリーナが昨日、久しぶりに僕を訪ねてきてね。いやぁ。僕も驚いたよ。彼女、子供ができたみたいなんだ! しかも、僕の子らしい。王太子として、自分の行動にきちんと責任を取らないといけない。だから……」

 そこでベルナールは一呼吸おく。目は真剣そのものだ。

「だから、カトリーヌ。申し訳ないけど、僕との婚約は破棄させてくれ! 僕は責任を取って、マリーナを婚約者にするよ!」
「はぁ⁉︎」

 待って、待って、待って。

 あまりの出来事に頭が全く追いつかない。子供ができたことに責任を取ると言い出したということは、ベルナールには思い当たる節があるということ。つまりその日、マリーナと致したということだ。

 婚約の有無に関わらず、未婚の男女間の行為は表面上は禁じられている。それは王族であっても同様だし、むしろ王太子であるベルナールがそうだと知られれば、外聞が非常に悪い。

 そんな話を公衆の面前で大声で話している時点で大問題だということを、ベルナールは分かっているのだろうか。いや、きっと分かっていない。彼はこう言ってはなんだけれど、かなりお頭が弱いのだ。

 それにマリーナには良くない噂を聞く。そんな女性とたった一度でそんな過ちを犯すなんて、公爵家に生まれた者として、良き妻となろうと努力を続けていた私からすれば、顔に泥を塗られたくらいでは済まない。

 元々親同士が決めた婚約で、私としてもこんな脳みその足りない人の元に嫁ぐのは、心労が絶えなかったのだ。相手が婚約破棄を望むというのなら、断る理由は私には全くといってない。

 私は驚きで固まっていた表情を和らげ、できる限りの笑顔を作ると、ベルナールに向かって努めて冷静な口調で答えた。

「それは大変でしたね。ただ、私たちの婚約は、ベルナール殿下のご両親である陛下と王妃様、それと私の父との間で決められたことです。まずは陛下にご相談されてみては? 私としましては、殿下のお心のままに」
「そ、そうか⁉︎ そうだな! では、父上に早速婚約破棄していただけるよう、進言してみる! それではな!」

 去っていくベルナールの後姿を眺めながら、私はため息をつくしかなかった。
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