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第2話
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「さぁ。カタリナ。これに乗って。馬は音が大きいから、俺がこれを引いて進むつもりだ」
いつのまにか起き出していた母親とも本当の別れの挨拶を済ませた後、カタリナはマロアに引かれるように外に出た。
そこに用意されていたのは、大きめの皮袋が二つ積み込まれた人力で引く荷車だった。
村ではよくみるもの。
万が一、人に見つかっても、カタリナが荷台に隠れていれば詮索されることは少ないだろう。
「ありがとう。マロア。村から出られたら、私も歩くから。あなたばかり引くのでは、疲れてしまうでしょう?」
「気にしないで。カタリナ。言っただろう。君のことなら、これっぽっちも苦労じゃないさ。それに、なんだかさっきから身体に力が沸いてくるようなんだ」
そう言いながら力こぶを作って見せるマロアに、カタリナは思わず小さく噴き出す。
これから二人に訪れるであろう困難を感じさせないマロアに、カタリナは改めて愛おしさを覚えた。
マロアに手伝ってもらいながら、荷車の中に入り腰をおろすと、頭が出ないように屈む。
その様子を確認したマロアは、なるべく荷台が揺れないよう、そしてできるだけ早足で村の外へと進んだ。
日が傾くまで村中が盛大に宴を開いており、そこらじゅうで陽気な大声が響き渡っていたが、今となっては深酒が原因と思われるいびきが、灯りの消えた各家から漏れ出るだけだった。
「寒くないか?」
人影が見えないことに安心をしたマロアは、身支度をしっかりと整える暇がなく、薄着のままで出てきたカタリナに声をかけた。
日中は暖かくなってきたが、日が落ちた夜中はまだまだ寒い季節だ。
「大丈夫。平気よ」
「袋の中に毛布が入ってる。出してかけるといいよ」
カタリナが強がって返事をしたことをすぐに見抜いたマロアは、一度足を止め、しっかりと口を紐で結ばれた革袋の一つを開け始めた。
マロアに嘘は付けないな。
内心でそう思いながら笑みを浮かべたカタリナの頭の上に、柔らかで暖かい布が降ってきた。
この村特産の羊毛がふんだんに使われた毛布だった。
その暖かさに包まれる気持ちよさに、カタリナはほっと溜息を吐き、両手で毛布を体に巻き付けた。
「やっぱり寒かったんじゃないか。さぁ、行こう。もうすぐ村の外だ。そこまで行けば、もう少し早く進められる」
「今でも十分早いんじゃない? 家を出てからそんなに経ってないと思うのに、もう村の外だなんて。私が何も持たずに歩いたって、もう少しかかる距離よ?」
「言っただろ。なんだかさっきから妙に力が沸いて来るって」
マロアが言いながら荷車の柄を掴んだその時だった。
「おやおや……聖女様。どちらへお出かけで? 都とは方向が違うようですし。そこまで焦らずとも、明朝にはわたくしどもが、安全に、迅速に都までお送りしますのに」
突然の声にマロアは振り向き、カタリナは毛布を頭からかぶり直し、身体を低くした。
しかし、声の主は既にカタリナが荷台に居ることを知っている口ぶりだ。
「どうしました? ああ。こんなに暗くては私が誰か分かりませんか? 灯よ。これでどうです?」
声の主の言葉に呼応して、右の手のひらに灯りが出現し、少し上に浮かび上がってカタリナたちを照らした。
マロアは思わず息を呑む。
そしてカタリナは姿など見なくても声で誰だか分かっていた。
見る者に奇妙な感情を与える笑みをたたえる声の主は、カタリナを聖女だと認定した、都から来た選別官だった。
いつのまにか起き出していた母親とも本当の別れの挨拶を済ませた後、カタリナはマロアに引かれるように外に出た。
そこに用意されていたのは、大きめの皮袋が二つ積み込まれた人力で引く荷車だった。
村ではよくみるもの。
万が一、人に見つかっても、カタリナが荷台に隠れていれば詮索されることは少ないだろう。
「ありがとう。マロア。村から出られたら、私も歩くから。あなたばかり引くのでは、疲れてしまうでしょう?」
「気にしないで。カタリナ。言っただろう。君のことなら、これっぽっちも苦労じゃないさ。それに、なんだかさっきから身体に力が沸いてくるようなんだ」
そう言いながら力こぶを作って見せるマロアに、カタリナは思わず小さく噴き出す。
これから二人に訪れるであろう困難を感じさせないマロアに、カタリナは改めて愛おしさを覚えた。
マロアに手伝ってもらいながら、荷車の中に入り腰をおろすと、頭が出ないように屈む。
その様子を確認したマロアは、なるべく荷台が揺れないよう、そしてできるだけ早足で村の外へと進んだ。
日が傾くまで村中が盛大に宴を開いており、そこらじゅうで陽気な大声が響き渡っていたが、今となっては深酒が原因と思われるいびきが、灯りの消えた各家から漏れ出るだけだった。
「寒くないか?」
人影が見えないことに安心をしたマロアは、身支度をしっかりと整える暇がなく、薄着のままで出てきたカタリナに声をかけた。
日中は暖かくなってきたが、日が落ちた夜中はまだまだ寒い季節だ。
「大丈夫。平気よ」
「袋の中に毛布が入ってる。出してかけるといいよ」
カタリナが強がって返事をしたことをすぐに見抜いたマロアは、一度足を止め、しっかりと口を紐で結ばれた革袋の一つを開け始めた。
マロアに嘘は付けないな。
内心でそう思いながら笑みを浮かべたカタリナの頭の上に、柔らかで暖かい布が降ってきた。
この村特産の羊毛がふんだんに使われた毛布だった。
その暖かさに包まれる気持ちよさに、カタリナはほっと溜息を吐き、両手で毛布を体に巻き付けた。
「やっぱり寒かったんじゃないか。さぁ、行こう。もうすぐ村の外だ。そこまで行けば、もう少し早く進められる」
「今でも十分早いんじゃない? 家を出てからそんなに経ってないと思うのに、もう村の外だなんて。私が何も持たずに歩いたって、もう少しかかる距離よ?」
「言っただろ。なんだかさっきから妙に力が沸いて来るって」
マロアが言いながら荷車の柄を掴んだその時だった。
「おやおや……聖女様。どちらへお出かけで? 都とは方向が違うようですし。そこまで焦らずとも、明朝にはわたくしどもが、安全に、迅速に都までお送りしますのに」
突然の声にマロアは振り向き、カタリナは毛布を頭からかぶり直し、身体を低くした。
しかし、声の主は既にカタリナが荷台に居ることを知っている口ぶりだ。
「どうしました? ああ。こんなに暗くては私が誰か分かりませんか? 灯よ。これでどうです?」
声の主の言葉に呼応して、右の手のひらに灯りが出現し、少し上に浮かび上がってカタリナたちを照らした。
マロアは思わず息を呑む。
そしてカタリナは姿など見なくても声で誰だか分かっていた。
見る者に奇妙な感情を与える笑みをたたえる声の主は、カタリナを聖女だと認定した、都から来た選別官だった。
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