Wish Upon A Star

アオ

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 大きなガラス窓に雨が打ち付けはじめた。

 ちひろが窓の方を見ると、どんどん空が暗くなり次第に雷の音が遠くで聞えてくる。

 時計を見上げると、6時半をまわっていた。

 朝から何かと忙しくて休憩さえとれなかったし、

 こんな天気じゃもうお客さんは来ないだろうと判断して

 店を閉じる準備を始めた。



 

 朝からちひろはとにかくついていなかった。

 忙しい時間帯だというのに立ち退きの話を持ってきているセールスマンが

 お店からというか自分から離れようとしてくれない。

 どうにかして時間を作って話を聞いてみてたが、

 以前の計画とあまり変わらずどうしても土地を譲る気持ちになることもなく。

 それを告げてもなかなか納得してもらえず、

 挙句の果てには店の前で土下座までされいたたまれなくなり、

 自分が悪者になったような気持ちになっていた。

 それでもどうにかしてセールスマンに帰ってもらいちょっとでもご飯を食べようかと思ったら

 夕方のピークの時間になってしまい、

 水分すら取れないままこの時間にとなった。





 溜息をついたら幸せが飛んでいく。

 よく誰かが言ったものだが、今はその溜息すら吐く気力がなかった。

 それほど、身も心も疲れきっていたのだった。

 

 それに。

 

 この数日、あの男性の姿が見れないことがちひろの心を重くしていた。

 店のお客に足してこのような感情を持つのはあってはいけないことだろうが、

 どうしても待ちわびている気持ちは否定できない自分がいた。

 

 ふと、窓の外を見るとさっきまでは暗かった空は、

 いつの間にか雨が降り始めていた。


 そんな天気を恨めしく見上げるちひろ。

 今日もこんな天気だ。もうこないだろう。

 外のシャッターを閉めに入り口のドアを開けようとした。



 その時だった。





 大きな雷とともに店の中が真っ暗になる。

 一瞬、動きが止まったちひろは、ドアの向こうに大きな影があることに気がつく。

 急にドアが不自然に開いたかと思うと、全身ずぶ濡れの大きな黒い男が中に入り込み、

 ちひろに近寄ってきた。

 「きゃぁ~~~~」

 慌てて大声をあげ、ちひろは座り込んだ。

 「大丈夫か?」

 頭を抱え込んでいた上から、聞きなれた声が聞えた。

 そうちひろが感じた瞬間、両肩に暖かい両手がふれる。

 「停電になったとき、どこかぶつけたか?」

 心配そうに声をかけくる。

 おそるおそる顔をあげると、男性の顔が見えた。

 目を凝らし、暗闇に慣れてきた頃、数日現れなかったあの男性だと気付き、

 しばし見つめてしまった。




 自分が困ったときにこんなふうに現れるなんて。






 ちひろはこの小説のような状況に酔いそうになり頬を赤く染めた。

 その反面、男は苦しそうな表情になる。

 ちひろの両肩に置いた自分の手が熱いのを男は感じながら。

 二人ともしばし動くことなくお互いを見つめていた。

 実際、時間は数秒であったが二人にとってとても長く感じられた。

 そしてふっと周りが明るくなりお互いの姿がはっきりと現れ、

 光が灯った瞬間、二人とも我に帰った。



 「ご、ごめんなさい。大丈夫です」

 慌てて男から離れ自分を抱きしめた。

 男は自分の手からぬくもりが離れてしまい、思わず手を硬く握った。

 「ちーたん、大丈夫?」

 自宅であるパン屋の二階から慌てて階段を駆け下りながら

 健太が店のほうへひょっこりと顔を出した。

 「大丈夫よ。ありがとう」

 ちひろは健太の方へ駆け寄り視線の高さを合わせると健太もどこも怪我がないか見回した。

 どこにも怪我がないようだとわかったとたん、大きな溜息をつく。

 「健太も大丈夫みたいね。よかったぁ」

 そう言ってぎゅうっと抱きしめた。

 その姿を後ろから黙って眺めていた男は、

 「お互い、何もなくてよかった。

 それよりももう店は閉める時間なのか?」

 と優しく声をかけた。

 ちひろは、時計を見ると閉める時間が過ぎていることに気付き、申し訳なさそうに男に告げた。

 「そうです。すみません。あ、でも何か欲しいものがあればまだ大丈夫ですよ」

 そういって集めていたパンを男の方に持っていき選ぶように見せた。

 男は、残ったパンを全部買うことにし、レジに向った。

 そしてパンを受け取りながらじっとちひろを見つめていた。

 ちひろはドキドキしながらも計算を間違えるのではないかと思ってしまった。
 
 こんなに男性に見つめられることはそうそうなかったことだし、

 まして自分が意識している男性ともなればつい自意識過剰な考えが

 次々と浮かび上がってそれを打ち消すのに自分の理性をフル活動させなければならなかった。

 それなのに、男はちひろに対してさらに心を揺さぶる一言を放った。




 「もしよろしければこれから一緒に食事でもどうかな。もちろん、君が迷惑でなければの話だが」


 

 こんなふうに男性から食事に誘われるのは何年ぶりだろうか。

 しばし、呆然と口を開けて男を見上げてしまった。

 「ちーたん、口が開いてるよ」

 横でお手伝いをしていた健太が溜息交じりでわき腹をつついた。

 それで正気に戻ったちひろは、慌てて応えた。

 「あ、でも」

 「もちろん、横のお子さんも一緒に。えと、健太君だったね。
 
 何か食べたいものある?」

 「肉!焼肉!」

 元気よく応えた健太に対してにっこりと微笑むと男はちひろの方を見ると

 その笑顔のままで言った。

 「どこに行くかも決まったことだし

 あとは君が準備してくるのをこの子と待ってるから」

 ちひろは断るすべを無くしてしまった。

 

 

 

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