女王様と犬、時々下克上

吉川一巳

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女王様と犬、時々下克上 15

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 私は恭平さんから渡された名刺を頼りに、駅前の繁華街を歩いていた。

 進学のために出てきたこの地方都市は、実家のある都心とは比べ物にならない田舎だ。とはいえ駅前だけは開けていて、生意気にも有料の駐車場しかなかったりする。

 だから飲み会や帰省など、どうしてもの用事がない限りは来ることはないので、恭平さんのお店も私にとっては初見だった。

 車社会で生活していると、服やアクセサリーなどを買うにしても駅前の繁華街よりも郊外型のショッピングモールの方が行きやすい。駐車場が時間制限なく無料というのも重要である。

 そんな私が恭平さんのお店を目指しているのは、髪を切ってもらう約束になっているからだった。

 前にアパートのお風呂場で切ってもらった事があるのだが、後の髪の毛の始末が大変だったのと、カラーやパーマをあてるなら、お店でやったほうがいいと恭平さんから言われたからである。

 サロン特注の薬剤や設備あってこその仕上がりだと力説されたので、今日の予約を取ってもらったのだ。

 どうせ来年には就職活動が始まるので、染めるつもりはないのだが、軽くパーマを当ててもらおうと思っている。だけどそれ以上に、働いている恭平さんの姿を見るのが純粋に楽しみだった。

(えっと、本通り商店街の真ん中あたりでコンビニの隣……コンビニの隣……)

 名刺の地図とにらめっこをしながら歩いていると、それらしきお店が見えてきた。

 《la Belle》

 名刺と同じ書体の看板がかかったそのお店は、蔦が這う白い壁がお洒落だった。

「いらっしゃいませー」

 お店のドアを開けると、ドアに取り付けられていた鈴が鳴り、店員さんの挨拶で迎えられた。

 アシスタントっぽい感じの女の人が応対にやってくる。

「あの、二時から仁科さんで予約をしている北條なんですが」

「あ、はい。すぐにこちらに参りますのでこちらにお掛けになってお待ち下さい」

 私は案内された待合用のスペースに腰を下ろした。積み上げられた雑誌の中から、最新のヘアカタログを手に取り、ぱらぱらとめくる。

 物理的に自分にできるかは置いておいて、色んな可愛い髪形を眺めるのはそれだけでも楽しい。

「仁科さん、今日はどうもありがとうございました」

 どこかで聞いたことがある声に顔を上げると、出入り口のところにカットが終わったらしい女の子と、見送りに出てきた恭平さんの姿があった。

 ふんわりとした雰囲気のある小柄な――

(水族館の子だ)

 どうりで聞き覚えがあるはずだ。恭平さんが応対している女の子は、この間の水族館デートの時に出くわした、恭平さんのお店の常連さんとか言う女の子だ。

 名前は何だっけ。恭平さんが呼んでた気がするが思い出せない。

 ふわふわした髪型と、レースやらリボンがあしらわれた可愛らしい服装がわたあめのような女の子。

 そのわたあめちゃんは、甘ったるい顔と声で恭平さんに話しかけながら、可愛らしい紙袋を差し出した。

「これ、いつも綺麗にしてくれる仁科さんへのお礼です。皆さんで召し上がってくださいね」

 にこにこと恭平さんに差し出した紙袋は、確か駅前のデパートに入っている有名な洋菓子店のものだ。

 あれは完全に気のある態度だと思うんだけど……。恭平さんは、気付いているのかいないのか、嬉しそう表情で紙袋を受け取っている。

 生温い目でそのやり取りを見守っていると、見送りを終えた恭平さんがようやくこちらにやってきた。

「お待たせ、奈緒ちゃん」

「恭平さん、お疲れ様です」

 内心はともかく、私はにこやかに恭平さんを迎えた。







 カットとパーマはつつがなく終わった。人生初パーマである。

 ヘアカタログを見ても結局どんな髪型がいいか決められなかったので、長さだけを指定して恭平さんにお任せしたのだが、なかなかいい感じにしてもらえた。

 くくりやすいように鎖骨の長さのセミロングで。毛先にだけゆるやかなパーマを当ててもらい、前よりもずっと華やかな印象になった。お高い指名料を取るだけあって恭平さんの腕はいいのだと思う。

 代金は奢ると言ってくれたのを丁重にお断りした。決して安くはない金額だったが、恭平さんの腕に対する対価だから、どうしても自分で払いたかったのだ。

 伸びきっていた髪を切ると、気分も軽くなった気がする。

 上機嫌でお店を出た私だったが、お店の真向かいにあるカフェから出てきた女の人の姿に眉をひそめた。

 わたあめちゃんだ。

「あの、仁科さんの彼女さん、ですよね」

 わたあめちゃんは真っ直ぐにこちらに向かってくると、私に声をかけてきた。それだけでもの凄く憂鬱な気分になる。

 てかカットとパーマが終わるまで約二時間半、待ち伏せしてたのかと思うとちょっと気持ち悪い。

「恭平さんとはお付き合いさせていただいてますが、それが何か?」

 絶対零度の視線と声で答えると、わたあめは私の全身を値踏みするように眺めてふっと鼻で笑った。

「私、仁科さんには三年ほどお世話になってて、歴代の彼女さんも知ってるんですけど、趣味が変わられたみたいですね」

「ふうん、そうなんですか」

 何で知ってるんだ。ストーカーか?

「余計なお世話かもしれないけど、飽きられる前にお別れされたほうがいいんじゃないですか? だって今までの人と比べるとあなたって……」

 面倒な女。しかし面と向かって喧嘩を売られているのだ。ここは買うべきだろう。

「何がおっしゃりたいのかわかりませんけど、決めるのは恭平さんだと思うんですよね。見た目が釣りあってないって思われるのかもしれないけど、そんなカップル普通にあちこちに溢れてますよ?」

 言い返されると思わなかったのか、わたあめはもの凄い形相になった。

 こわっ。これがこの女の本性に違いない。

 男子と女子の前で態度が違うタイプは大嫌いだ。私も負けじと睨み返した。

「奈緒ちゃん、アイちゃん、どうしたの?」

 一触即発の雰囲気を壊したのは、お店から出てきた恭平さんだった。

 そう言えばこのわたあめ、アイちゃんって呼ばれてたっけ。

「二人とも前から知り合いだった? 上から見てたらなんか話し込んでるから……」

 能天気な恭平さんの言葉に、わたあめことアイちゃんは蒼白になった。

 あわあわとした様子にほんのすこし溜飲が下がる。

 絶対に知られたくない相手が近くにいるのに喧嘩を売るなんて、馬鹿のやる事だ。

「何でもないですよ。水族館で見かけたので声をかけてくださったんです」

 繁華街のど真ん中で揉め事はごめんだったので、ここは大人の対応をする事にした。わたあめはあからさまにほっとした表情になる。

「恭平さん、今日の夜お時間ありますか? 少しお話したいことがあるんですが」

「え、う、うん、いいよ。じゃあ仕事終わったら奈緒ちゃんの家に行くね」

 わたあめの顔色は再び悪くなった。青くなったり赤くなったり忙しいことだ。

「じゃあお待ちしてますね。アイさん……でしたっけ。私、恭平さんをお迎えする準備があるので帰りますね。さようなら」

 わたあめをじろりと睨んでから、私はその場を後にした。

 この鬱憤は夜恭平さんにぶつけよう。そう決意して。
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