意地悪王子様に逆襲を

吉川一巳

文字の大きさ
上 下
6 / 12

06 事件の顛末

しおりを挟む
 だれがこまどり しぬのをみたの
 わたし とはえがいいました
 わたしがこのめで しぬのをみた

 (中略)

 かわいそうな こまどりのため
 なりわたるかねを きいたとき
 そらのことりは いちわのこらず
 ためいきついて すすりないた

  (引用 『マザー・グース 4』 講談社文庫 谷川俊太郎訳)



 ロイヤル・アスコットから一夜明け、一階の食堂室に降り立った私は、そこに置かれていた新聞の見出しに目を止めた。

 ――ロイヤル・アスコットの悲劇
 ――死亡者二名、そのうちの一人はノーランド侯爵
 ――若く美しい侯爵夫人の行く末は?!

 我がリグニエット侯爵家では、財務大臣を務めるお父様が世情を知るために、三つの高級紙クオリティ・ペーパーと、二つの大衆紙タブロイドを購入している。

 そのどれもが、前日のロイヤル・アスコットで起こった事件を大々的に取り扱っていた。
 どの紙面も、一面を大きく割いて、あの時何が起こったのかを細かく報じている。

 第五レースで落馬した馬の名前、騎乗していた騎手、そして死傷者。
 死者二名、怪我人十名。死者のうち一人の名前はステファン・ノーランド……ノーランド侯爵で、夫人も軽い怪我を負ったそうだ。

 淡々と事実だけを伝える高級紙クオリティ・ペーパーに対し、大衆紙タブロイドは、まだ若く美しいエヴァンジェリン様を襲った悲劇について、センセーショナルに書き立てていた。
 どちらの大衆紙タブロイドも、彼女のドレスアップした美しい写真と共に、夫の血を浴びて取り乱す姿を並べて掲載しており、胸が悪くなる。
 まだぎりぎり二十代で、子もいないまま未亡人となった彼女の今後に対する下衆な勘ぐりが書かれている。
 求婚者が殺到するだろうとか、修道院に入ってしまうのだろうか、とか。
 大衆紙タブロイドは淑女の見るものではないとされている。しかし、ついつい記事を目で追ってしまい、私は慌てて目を逸らした。
 ゴシップを、時に嘘や捏造を織り込んで、扇情的に報道するのが大衆紙タブロイドと分かっているけれど、夫を亡くしたご婦人にする仕打ちとしてはあんまりだ。
 
 だけど、私の心には、ほんの少し、ほっとする気持ちも湧き上がっていた。

 お可哀想なエヴァンジェリン様。
 あんなにも仲睦まじかった旦那様を亡くされるだなんて。
 だけど、もうこれで、寡婦となったあの方を、しばらくの間は社交界で見かけることは無いのね。

 最低だ。私。他人の不幸を喜ぶだなんて。
 自己嫌悪に陥ると同時に、あの方と比べられる事でとても傷付いていたのだと自覚した。

「メル、やはりお前も見てしまったのか。忘れておしまいなさい。あれは不幸な事故だったんだ」
 新聞の傍で青ざめる私にお父様が声をかけてきた。
 ロイヤル・アスコットには、席こそ別だったが両親も参加していたのだ。
「あ……決定的な現場を見た訳では無いのです。殿下が私に見せないように目隠ししてくださったので……」
「そうか。殿下はお前を大事にしてくださっているんだね」
 お父様はそう言って柔らかく微笑んだ。
 その後ろで、弟のクリスがなんとも言えない複雑な表情をしているのが見えた。
 アーサー殿下は対外的には理想的な婚約者として振舞ってくださるから、お父様の心証は非常に良いのだ。
 そんなところもあって、私が婚約者を辞めたいと弱音を吐いても、諭されるだけという現状がある。

 私は詰んでいる。
 チェスに例えれば、王手チェク・メイトをかけられている状態だ。
 恐らくこのまま流されて、来年には不満や鬱屈を抱えながらも王太子妃になっている未来しか見えない。
 私はため息をつくと、新聞から視線を外した。



 二日後――
 アルビオン国教会の総本山たるローザリア大聖堂カテドラルの鐘が、王都中に響き渡った。

 ステファン・ノーランド侯爵の葬儀がしめやかに行われたのである。
 ノーランド侯爵のご遺体は、サラブレッドの重量に押し潰され、見るも無惨な状態だったそうだ。

 あの時、アーサー殿下が目隠ししてくださらなかったら、私は、侯爵が亡くなられた様子をまともに目にしていたかもしれない。そう思うと、今更ながらに体が震えた。
 王室主催のロイヤル・アスコットで起こった事故の為、葬儀には、アーサー殿下が国王陛下の名代として参列されたらしい。

 また、空馬となって大暴走をしたサラブレッドの方も、足の骨を折っており、予後不良と診断されて安楽死処分となったそうだ。
 馬主は大変な金額の損害賠償を請求される見込みというから、誰もが不幸になった事件だった。



 後日談として、侯爵家の爵位は、ステファン卿の弟が継承することになり、前侯爵夫人――エヴァンジェリン様は、ステファン卿との間に子供がいなかったため、ご実家であるハーシェス伯爵家に戻られたと聞いた。



 彼女の更にその後について私が耳にしたのは、友人であるマイアのお茶会に招かれた時だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...