【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい

吉川一巳

文字の大きさ
上 下
16 / 35

悪女の過去 02

しおりを挟む
 ダニエル・ラ・レーネは、八歳から十二歳くらいまでの少女に普通では無い感情を抱いていた人物である。

 最初は似たような趣味を持つ人々が作った秘密クラブで満足していたようだが、やがて、我慢が効かなくなったのか、孤児の女の子を引き取って手元でで始めた。
 ネージュはそうやって集められた子供達のうちの一人だった。

「あの方の趣味は、玩具おもちゃの着せ替え人形のように、幼い女の子を着飾らせて鑑賞する事でした。私はあの方にとって、特にお気に入りの人形でした。どうやら銀髪と水色の瞳という取り合わせが随分とお気に召したようです」

 ダニエルの異様な趣味を明かすと、アリスティードは顔を引き攣らせた。

 初めて出会った時、彼から『人形』と言われて傷付いたのは、この時の記憶を思い出したからだ。
 氷の悪女、毒婦、傾国、老侯爵の愛人――ネージュの悪評は色々あるが、その中でも一番言われて嫌な言葉が『人形』である。

「世間の皆様は、私とあの方の間に肉体関係があったと思っていらっしゃるようですが、実際は違います。信じていただけるかはわかりませんが、あの方の趣味は脱がす方ではなく着せる方だったので……」

「っ! そこは詳しく話さなくていい!」

 動揺した様子で遮られた。

「そうですよね、こんな気持ち悪い話、聞きたくないですよね」

「そういう事じゃなくて……」

 アリスティードは顔をしかめて眉尻を下げた。

「顔色が悪い。本当は思い出すのも辛いんじゃ無いのか」

(アリスティード様……)

 気遣ってくれた。それがとても嬉しい。

「……この機会にちゃんとお話ししておいた方が良いと思いますので、聞いて下さいますか?」

 尋ねると、アリスティードは頷いた。

『少し首を傾げようか。……そう。その角度。いいよ。そのまま微笑んで』

 忌まわしい幻聴が頭の中に響いたが、ネージュは目を閉じて思考から必死に追い出そうと努力する。

(できるだけ気持ちを平坦に)

 私的な感情を排除し、事実だけを伝えられるように。
 自分に言い聞かせながら口を開く。

「あの方は、お気に入りの人形に最高級の美しいドレスを着せると、ご自身が思い描く姿勢と表情をするように要求してきました。たとえば、首を傾げて微笑んだり、花束を持って寂しげな表情をしたり……」

 ネージュはここで一度言葉を切ると、目を閉じた。
 そして、一呼吸入れてから真っ直ぐにアリスティードを見つめ、一気に告げる。

「求められた通りの表情が作れないと罰がありました。それ専用に作られた鞭で叩かれるのです。私は笑顔を作るのが苦手で……。あの方は、人形の見た目が損なわれるのを嫌い、服で隠れる場所ばかりを狙って鞭を振るいました」

 ネージュは目を伏せると、傷痕の残る腹部に触れた。

「……マルセル様が気付いて助けてくださった時、私は十一でした。あと少し遅かったら命はなかったと思います。ダニエル様には死体愛好家ネクロフィリアという一面もありましたので」

「は……?」

 アリスティードは呆気にとられた表情をした。そんな彼に向かってネージュは淡々と告げる。

「女の子は成長すると体型が変わりますよね? あの方の中には理想とする体型があって、その体型を逸脱しそうになると『永久保存処置』が行われるのです。あの方の基準の中で最も美しい状態で手元に置く為に」

 『処置』が決まった人形は、眠るように息を引き取る毒を投与される。
 そして防腐処理エンバーミングが行われ、美しく着飾らせた状態でガラスの棺に納められる。

 ダニエルの屋敷の地下には、展示室があった。
 色とりどりの造花や宝石で彩られた煌びやかな部屋には、常に濃密な花の香りがする香油が振りまかれ、生前の姿をそのまま残した美しい少女達が戦利品のように飾られていた。

 ネージュの話を聞いたアリスティードは青ざめ、口元を押さえている。

「いくら何でもそんな……許されないだろ……」

「はい。ですからあの方の犯罪行為に気付いたマルセル様が、私を救い出して下さいました。……本来は何もかも明るみにして法の裁きを受けさせるべきだったのかもしれませんが……」

「揉み消したのか」

「そうですね。あのような悪魔の所業が明るみに出れば、侯爵家もタダでは済みません。恐らく王家が嬉々として侯爵家を潰しに来る。領地と領民を守るために、マルセル様は秘密裏に全てを処理するしかありませんでした」

「……そんな犯罪者が出た家、取り潰されても良かったんじゃないのか」

「領民の事を考えるとそうとも限りません。侯爵家が取り潰された場合、領地は恐らく王家直轄領となるでしょう。執政官に優秀で善良な人が来ればいいですが、そうではない人物が来たらこの地は滅茶苦茶になる。……マルセル様は苦悩の末保身を選びました。決して褒められた話ではありませんが、致し方なかったと思います。少なくとも私の知るマルセル様は、領主としては大変優秀な方でした」

「……それは町を見ればわかる。レーネ地方はどこも治安が良くて清潔だ」

 アリスティードの回答に、ネージュは口元に笑みを浮かべた。

「マルセル様は優しい方でした。私を哀れんで、そのまま引き取って育てて下さったんです。マルセル様は私にとって、父のような、祖父のような存在です」

 ネージュは目を閉じ、マルセルの顔を思い浮かべた。

 ダニエルとマルセルは、全然似ていない兄弟だった。
 今にして思えば、そのおかげでネージュはマルセルに引き取られてから、時間はかかったもののどうにか立ち直れたのかもしれない。

「――それが本当の話なら、なんで……」

 アリスティードのつぶやきにネージュは首を傾げた。
 彼は顎に手を当てると、何事か考え込んでいる。

「どうかなさいましたか?」

 尋ねると、アリスティードはハッと顔を上げた。

「……すまない、熱があるのに長話をさせてしまった。しかも辛い過去を……」

「いえ、古くからの使用人なら誰もが知っている話ですから……」

 ネージュは首を振った。すると、アリスティードは痛ましいものを見るような目をこちらに向けてくる。

「……エリックに意識が戻った事を知らせてくる」

 アリスティードはぽつりとつぶやくと、部屋を去っていった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

処理中です...