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悪女の過去 02

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 ダニエル・ラ・レーネは、八歳から十二歳くらいまでの少女に普通では無い感情を抱いていた人物である。

 最初は似たような趣味を持つ人々が作った秘密クラブで満足していたようだが、やがて、我慢が効かなくなったのか、孤児の女の子を引き取って手元でで始めた。
 ネージュはそうやって集められた子供達のうちの一人だった。

「あの方の趣味は、玩具おもちゃの着せ替え人形のように、幼い女の子を着飾らせて鑑賞する事でした。私はあの方にとって、特にお気に入りの人形でした。どうやら銀髪と水色の瞳という取り合わせが随分とお気に召したようです」

 ダニエルの異様な趣味を明かすと、アリスティードは顔を引き攣らせた。

 初めて出会った時、彼から『人形』と言われて傷付いたのは、この時の記憶を思い出したからだ。
 氷の悪女、毒婦、傾国、老侯爵の愛人――ネージュの悪評は色々あるが、その中でも一番言われて嫌な言葉が『人形』である。

「世間の皆様は、私とあの方の間に肉体関係があったと思っていらっしゃるようですが、実際は違います。信じていただけるかはわかりませんが、あの方の趣味は脱がす方ではなく着せる方だったので……」

「っ! そこは詳しく話さなくていい!」

 動揺した様子で遮られた。

「そうですよね、こんな気持ち悪い話、聞きたくないですよね」

「そういう事じゃなくて……」

 アリスティードは顔をしかめて眉尻を下げた。

「顔色が悪い。本当は思い出すのも辛いんじゃ無いのか」

(アリスティード様……)

 気遣ってくれた。それがとても嬉しい。

「……この機会にちゃんとお話ししておいた方が良いと思いますので、聞いて下さいますか?」

 尋ねると、アリスティードは頷いた。

『少し首を傾げようか。……そう。その角度。いいよ。そのまま微笑んで』

 忌まわしい幻聴が頭の中に響いたが、ネージュは目を閉じて思考から必死に追い出そうと努力する。

(できるだけ気持ちを平坦に)

 私的な感情を排除し、事実だけを伝えられるように。
 自分に言い聞かせながら口を開く。

「あの方は、お気に入りの人形に最高級の美しいドレスを着せると、ご自身が思い描く姿勢と表情をするように要求してきました。たとえば、首を傾げて微笑んだり、花束を持って寂しげな表情をしたり……」

 ネージュはここで一度言葉を切ると、目を閉じた。
 そして、一呼吸入れてから真っ直ぐにアリスティードを見つめ、一気に告げる。

「求められた通りの表情が作れないと罰がありました。それ専用に作られた鞭で叩かれるのです。私は笑顔を作るのが苦手で……。あの方は、人形の見た目が損なわれるのを嫌い、服で隠れる場所ばかりを狙って鞭を振るいました」

 ネージュは目を伏せると、傷痕の残る腹部に触れた。

「……マルセル様が気付いて助けてくださった時、私は十一でした。あと少し遅かったら命はなかったと思います。ダニエル様には死体愛好家ネクロフィリアという一面もありましたので」

「は……?」

 アリスティードは呆気にとられた表情をした。そんな彼に向かってネージュは淡々と告げる。

「女の子は成長すると体型が変わりますよね? あの方の中には理想とする体型があって、その体型を逸脱しそうになると『永久保存処置』が行われるのです。あの方の基準の中で最も美しい状態で手元に置く為に」

 『処置』が決まった人形は、眠るように息を引き取る毒を投与される。
 そして防腐処理エンバーミングが行われ、美しく着飾らせた状態でガラスの棺に納められる。

 ダニエルの屋敷の地下には、展示室があった。
 色とりどりの造花や宝石で彩られた煌びやかな部屋には、常に濃密な花の香りがする香油が振りまかれ、生前の姿をそのまま残した美しい少女達が戦利品のように飾られていた。

 ネージュの話を聞いたアリスティードは青ざめ、口元を押さえている。

「いくら何でもそんな……許されないだろ……」

「はい。ですからあの方の犯罪行為に気付いたマルセル様が、私を救い出して下さいました。……本来は何もかも明るみにして法の裁きを受けさせるべきだったのかもしれませんが……」

「揉み消したのか」

「そうですね。あのような悪魔の所業が明るみに出れば、侯爵家もタダでは済みません。恐らく王家が嬉々として侯爵家を潰しに来る。領地と領民を守るために、マルセル様は秘密裏に全てを処理するしかありませんでした」

「……そんな犯罪者が出た家、取り潰されても良かったんじゃないのか」

「領民の事を考えるとそうとも限りません。侯爵家が取り潰された場合、領地は恐らく王家直轄領となるでしょう。執政官に優秀で善良な人が来ればいいですが、そうではない人物が来たらこの地は滅茶苦茶になる。……マルセル様は苦悩の末保身を選びました。決して褒められた話ではありませんが、致し方なかったと思います。少なくとも私の知るマルセル様は、領主としては大変優秀な方でした」

「……それは町を見ればわかる。レーネ地方はどこも治安が良くて清潔だ」

 アリスティードの回答に、ネージュは口元に笑みを浮かべた。

「マルセル様は優しい方でした。私を哀れんで、そのまま引き取って育てて下さったんです。マルセル様は私にとって、父のような、祖父のような存在です」

 ネージュは目を閉じ、マルセルの顔を思い浮かべた。

 ダニエルとマルセルは、全然似ていない兄弟だった。
 今にして思えば、そのおかげでネージュはマルセルに引き取られてから、時間はかかったもののどうにか立ち直れたのかもしれない。

「――それが本当の話なら、なんで……」

 アリスティードのつぶやきにネージュは首を傾げた。
 彼は顎に手を当てると、何事か考え込んでいる。

「どうかなさいましたか?」

 尋ねると、アリスティードはハッと顔を上げた。

「……すまない、熱があるのに長話をさせてしまった。しかも辛い過去を……」

「いえ、古くからの使用人なら誰もが知っている話ですから……」

 ネージュは首を振った。すると、アリスティードは痛ましいものを見るような目をこちらに向けてくる。

「……エリックに意識が戻った事を知らせてくる」

 アリスティードはぽつりとつぶやくと、部屋を去っていった。
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