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アリスティードの恋人 03
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ジャンヌは、自分にあてがわれた客室で、家政婦長のイレーヌ夫人と対峙していた。
「……何でも好きにしていいって言ってたのに、案外ケチ臭いのね」
「当家の収入にも限りがございますので、どうかご理解下さい」
ジャンヌはむくれた。
部屋の改装計画や欲しい宝飾品の話をイレーヌ夫人にしたところ、予算の話が出てきて、その範囲内で収めるようにと注文をつけられたからである。
このフラヴィア王国の長い歴史の中では、贅沢が過ぎて処刑された王妃もいたし、侯爵家と言えども無尽蔵にお金がある訳ではないというのは理解できる。
だが、欲しかった家具も宝石も、好きなようには買えそうもないと突きつけられ、ジャンヌは面白くなかった。
(侯爵家の事実上の奥さん扱いって聞いてたのに……)
思ったよりも自由になるお金が少ない。
ジャンヌは顔をしかめると、行儀悪く椅子の背もたれにもたれかかった。
その時である。ふと閃いた。
(買えないなら、持ってる人から貰えばいいんだわ)
頭の中に浮かんだのは、ネージュの顔だ。
マルセルに大変可愛がられていたという話だから、いい宝石やドレスをたくさん持っているに違いない。
ネージュはジャンヌにとって排除しなくてはいけない相手である。嫌がらせにもなって一石二鳥だ。
◆ ◆ ◆
ジャンヌはイレーヌ夫人を追い返すと、ネージュに会うために書斎に向かった。日中の彼女はそこにいる事が多い。
ノックをして、入室の許可を得てから中に入ると、ネージュだけでなくアリスティードの姿もあったので、ジャンヌは眉間に皺を寄せた。
「何でアリスがここにいるの?」
ジャンヌはキッと二人を睨み付ける。
「領内の視察のご相談を。新領主の姿を早めに披露目した方がいいかと思いましたので」
答えたのはネージュだった。
「ジャンヌさんには申し訳ないのですが、一週間程度アリスティード様と外出致します」
「……どういう事? アリスとネージュ様の二人で行くの?」
不穏な気配を察知し、ジャンヌは恐る恐る尋ねる。
「……式を挙げたばかりだから、ネージュが同行しないのはまずいそうだ」
補足したのはアリスティードだ。不本意らしく、機嫌が悪そうだった。
「何よそれ! そんなのダメよ! 理屈ではわかるわ。でも、二人でなんて……!」
ジャンヌの目から見たネージュは氷の精霊のような大変な美女である。
恐ろしく整った美貌は儚げで、女のジャンヌでも思わず見惚れてしまう。
端正な顔立ちの持ち主であるアリスティードと並んだ姿は、絵画の中に切り取りたくなるくらいお似合いだ。
見た目では、ジャンヌは到底ネージュには敵わない。
そんな女性と一週間も密に過ごしたら、アリスティードの心を奪われるかもしれない。
「私も連れて行って」
危機感を覚えてジャンヌは訴えた。
「それは……」
ネージュは困惑しているようだ。
(当然よね)
無茶な事を言っているのはジャンヌも自覚している。
「結婚式を挙げてから十日も経っていないので、さすがに外聞が悪いです。ジャンヌさんには本当に申し訳ないのですが……」
ネージュは淡々と理由を説明する。
「どうにかできないのか?」
ありがたい事に、アリスティードが援護してくれた。
「……かしこまりました。何か方法がないか考えてみます」
少しの間を置いてネージュが発言した。
表情も声も平坦だから、何を考えているのかわからない。まるで氷でできた人形を相手にしているようである。
「このお話は一旦こちらでお預かりします。……ところで、何かご用件があったのでは?」
ネージュに尋ねられ、ジャンヌはハッと思い出した。
そうだ。自分がここに来たのは、ネージュが所持しているドレスや宝石をねだるためだった。
「あの、ネージュ様には良くして頂いて感謝しています。お部屋には綺麗なドレスがいっぱいだったし、先日はモード商の手配も……。ありがとうございました」
これは事実だ。客室のクローゼットには体型を選ばないデザインながら、美しいドレスがぎっしりと詰め込まれていたし、屋敷にやって来た翌日には、モード商が採寸に訪れた。
だからまずは礼を言っておく。
すると、ネージュは淡い笑みを浮かべた。あまり表情が変化しない人物の微笑は、なかなかの破壊力である。
「喜んで頂けて良かったです」
「はい。でも……オーダーのドレスが届くまで時間がかかるみたいで……。お恥ずかしながら、服もアクセサリーも足りないんです」
おず、と切り出すと、ネージュはわずかに目を見開いた。
「あの、ネージュ様のものをお借り出来ませんか? 私達、背格好が似てますし……」
「……そうですね。それはお困りでしょう。かしこまりました。後ほど私の部屋にいらして下さい」
「ありがとうございます!」
思い通りに事が運んだので、ジャンヌはぱあっと顔を輝かせる。
(ありがとう、ネージュ様。永遠に借りてあげるわ)
そして、できる限り高級なものを物色してやると決意した。
「……何でも好きにしていいって言ってたのに、案外ケチ臭いのね」
「当家の収入にも限りがございますので、どうかご理解下さい」
ジャンヌはむくれた。
部屋の改装計画や欲しい宝飾品の話をイレーヌ夫人にしたところ、予算の話が出てきて、その範囲内で収めるようにと注文をつけられたからである。
このフラヴィア王国の長い歴史の中では、贅沢が過ぎて処刑された王妃もいたし、侯爵家と言えども無尽蔵にお金がある訳ではないというのは理解できる。
だが、欲しかった家具も宝石も、好きなようには買えそうもないと突きつけられ、ジャンヌは面白くなかった。
(侯爵家の事実上の奥さん扱いって聞いてたのに……)
思ったよりも自由になるお金が少ない。
ジャンヌは顔をしかめると、行儀悪く椅子の背もたれにもたれかかった。
その時である。ふと閃いた。
(買えないなら、持ってる人から貰えばいいんだわ)
頭の中に浮かんだのは、ネージュの顔だ。
マルセルに大変可愛がられていたという話だから、いい宝石やドレスをたくさん持っているに違いない。
ネージュはジャンヌにとって排除しなくてはいけない相手である。嫌がらせにもなって一石二鳥だ。
◆ ◆ ◆
ジャンヌはイレーヌ夫人を追い返すと、ネージュに会うために書斎に向かった。日中の彼女はそこにいる事が多い。
ノックをして、入室の許可を得てから中に入ると、ネージュだけでなくアリスティードの姿もあったので、ジャンヌは眉間に皺を寄せた。
「何でアリスがここにいるの?」
ジャンヌはキッと二人を睨み付ける。
「領内の視察のご相談を。新領主の姿を早めに披露目した方がいいかと思いましたので」
答えたのはネージュだった。
「ジャンヌさんには申し訳ないのですが、一週間程度アリスティード様と外出致します」
「……どういう事? アリスとネージュ様の二人で行くの?」
不穏な気配を察知し、ジャンヌは恐る恐る尋ねる。
「……式を挙げたばかりだから、ネージュが同行しないのはまずいそうだ」
補足したのはアリスティードだ。不本意らしく、機嫌が悪そうだった。
「何よそれ! そんなのダメよ! 理屈ではわかるわ。でも、二人でなんて……!」
ジャンヌの目から見たネージュは氷の精霊のような大変な美女である。
恐ろしく整った美貌は儚げで、女のジャンヌでも思わず見惚れてしまう。
端正な顔立ちの持ち主であるアリスティードと並んだ姿は、絵画の中に切り取りたくなるくらいお似合いだ。
見た目では、ジャンヌは到底ネージュには敵わない。
そんな女性と一週間も密に過ごしたら、アリスティードの心を奪われるかもしれない。
「私も連れて行って」
危機感を覚えてジャンヌは訴えた。
「それは……」
ネージュは困惑しているようだ。
(当然よね)
無茶な事を言っているのはジャンヌも自覚している。
「結婚式を挙げてから十日も経っていないので、さすがに外聞が悪いです。ジャンヌさんには本当に申し訳ないのですが……」
ネージュは淡々と理由を説明する。
「どうにかできないのか?」
ありがたい事に、アリスティードが援護してくれた。
「……かしこまりました。何か方法がないか考えてみます」
少しの間を置いてネージュが発言した。
表情も声も平坦だから、何を考えているのかわからない。まるで氷でできた人形を相手にしているようである。
「このお話は一旦こちらでお預かりします。……ところで、何かご用件があったのでは?」
ネージュに尋ねられ、ジャンヌはハッと思い出した。
そうだ。自分がここに来たのは、ネージュが所持しているドレスや宝石をねだるためだった。
「あの、ネージュ様には良くして頂いて感謝しています。お部屋には綺麗なドレスがいっぱいだったし、先日はモード商の手配も……。ありがとうございました」
これは事実だ。客室のクローゼットには体型を選ばないデザインながら、美しいドレスがぎっしりと詰め込まれていたし、屋敷にやって来た翌日には、モード商が採寸に訪れた。
だからまずは礼を言っておく。
すると、ネージュは淡い笑みを浮かべた。あまり表情が変化しない人物の微笑は、なかなかの破壊力である。
「喜んで頂けて良かったです」
「はい。でも……オーダーのドレスが届くまで時間がかかるみたいで……。お恥ずかしながら、服もアクセサリーも足りないんです」
おず、と切り出すと、ネージュはわずかに目を見開いた。
「あの、ネージュ様のものをお借り出来ませんか? 私達、背格好が似てますし……」
「……そうですね。それはお困りでしょう。かしこまりました。後ほど私の部屋にいらして下さい」
「ありがとうございます!」
思い通りに事が運んだので、ジャンヌはぱあっと顔を輝かせる。
(ありがとう、ネージュ様。永遠に借りてあげるわ)
そして、できる限り高級なものを物色してやると決意した。
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