【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳

文字の大きさ
上 下
16 / 24

16.結託と事情

しおりを挟む
 リディア・セルンフォードの家が傾いたのは、新しい織物工場の建設と、新型の織機の開発への投資を行った時期と、コールブルック家の東方新航路の開拓が重なり、安価な綿織物が流入したことで投資金額の回収の目処が立たなくなったことが原因だった。
 密偵スカウトがピックアップした中には、当主や子息の放蕩のため借金まみれになったと言う家もあった事を考えると、セルンフォード伯爵家はまともだ。

 寝取り王子であれば、普段の素行を考えると、人妻となったリディア嬢が誘惑すれば恐らく食いついてくる。その場合辺境伯家うちが被る損害は、俺が寝取られ男と揶揄される事か。

 リディア嬢の浮気が大っぴらになれば、それを原因として離縁し、慰謝料代わりに織物工場を貰えば、うちで作っている羊毛を、織物になるまで加工して販売することができる。王家からもなにがしかは引っ張れるかもしれない。
 首尾よく寵姫になってもらえば更に御の字だ。うちは王家に借りを作れるし、何ならそれを盾に領地に引き篭もれば貴族達の視線も気にならなくなる。

 そう父上と検討し、算段した結果として、俺はリディア嬢と婚約を結ぶことになった。



 婚約が成立して初めての夏、避暑をかねてリディア嬢がエルドリッジ領を訪れた。
 そして、一瞬にして俺の想い人がレスリーであることを彼女は見抜いたのだった。

 そろそろ終わりを迎える薔薇園のガゼボで、リディア嬢は生温い眼差しをこちらに向けてくる。
「あの子なんですね。ネイト様の想い人」
「わかりますか」
「だって夜会でネイト様仰ってましたもの。十六歳で、身分差のある預かりものの女の子って。そんなの彼女以外にいないじゃありませんか」
 そう言ってリディア嬢はふん、とふんぞり返った。

「式を挙げるまでは適当にお付き合いしますけど、その後は私、彼女とは仲良くしませんから」
「危害を加えるようなら潰しますよ?」
「そんな事しません! しませんけど、お付き合いはしたくありません。だって、羨ましくなってしまうもの」
 発言と共にリディア嬢は俺から顔を背けた。

「あなたに愛されて大切にされているレスリー嬢が羨ましい。レスリー嬢自身もとっても可愛らしくてよく出来たお嬢様だわ。あなた達を見ていると、羨ましくて、妬ましくて、人を陥れる事しか考えられない自分が、とても醜い生き物に思えるんですもの」
「リディア嬢……」
「だから極力視界には入れたくありません。レスリー様はチェルシー様にべったりだから、チェルシー様とも距離を取る事になりますわ。でもそれくらいは許してくださいませ」
 リディア嬢は一度目を閉じ、再び俺に向き直った。その時には、リディア嬢の瞳は、いつもの静謐なものに戻っていた。

「皇太子殿下を引っ掛けるという計画に、心変わりは無いんですね」
「ええ。動き出した以上、もう後には引き下がれません」
「どうしてそんなにビアンカ嬢を嫌っていらっしゃるんですか? かつては友人と言えるほど親しかったはずでは?」
「家が傾き始めたとき、あの子に哀れみと施し、そして許し難い屈辱を受けました」

 リディア嬢はそこで一度言葉を切った。
「屈辱の内容については申し上げられません……しかし、その事がきっかけで私はコールブルック家への報復を誓ったのです」

 彼女の立ち居振る舞いからは、誇り高さが伝わってくる。その誇りを、ビアンカ嬢はきっといたく傷付けるような仕打ちをしたのだと言う事が、痛いほどに伝わってきた。

「……もし差し支えなければ、秘密兵器についてお伺いしても?」
「そうですね……支援を既にいただきましたものね。ネイト様にはお話してもいいかもしれません。ネイト様は、魅了の魔女ヴィヴィアン・トレスについてはご存知ですか?」
「ええ、歴史書に必ずと言っていいほど出てくる存在ですから」

 魅了の魔女ヴィヴィアン・トレス。それは、二百年ほど前に王宮を混乱に陥れた女魔術師だ。
 『魅了』の魔法を開発し、時の王を操って、私欲のままに国庫を荒らしまわり、最後は討伐され、火刑に処された。

「当家はどうも、そのヴィヴィアン・トレスの系譜だったようで、私、見つけてしまいましたの。ヴィヴィアンの残した魔法書を」
「まさか、リディア嬢は魅了の魔法が使えると、そう仰りたいのですか?」
 これはまた荒唐無稽な話が出てきたものだ。
 精神に作用する魔法は、存在はするが使い手は稀だ。また、同じ魔術師同士の場合は魔法が効き辛いとされている。皇太子殿下は人格と素行に問題はあるが、魔術師としての力量はかなりのもので、仮にリディア嬢が魅了の魔法の使い手だったとしても、簡単にその魔法に引っ掛かるとは思えない。

「ヴィヴィアン・トレスは魅了の魔女と呼ばれていますが、正確には、彼女が当時の王に使った魔法は魅了ではないんです。ここから先は話せませんが、魔術師の殿下を、私に縛り付ける自信も公算もある、とだけ申しておきます」
「……俺としては、あなたが失敗しようが成功しようが、どちらでもいいんですが、失敗すればあなたには大きな傷になりますよ?」
「そうでしょうね。私が皇太子殿下と関係したら、ネイト様は容赦なく切り捨て、当家への支援分を上乗せした慰謝料をうちから巻き上げるだけですものね。構いませんので、徹底的にやってくださいませ」
「リディア嬢はそれでいいんですか?」
「ええ。ネイト様とのお話がまとまってなかったら、脂ぎった中年男の後妻になるところでしたもの。そもそも私には後なんてありませんでしたから」

 そう言い切ったリディア嬢は気高く美しく、俺はつい目を奪われた。
 レスリーと出会う前ならころっといってたかもな、と考え、慌ててその思考を打ち消す。
 もしもの仮定なんて考えても意味のないことだ。



 だが、願わくば、彼女にも、何らかの形での幸せが訪れればいいのに。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

【完結】私を嫌ってたハズの義弟が、突然シスコンになったんですが!?

miniko
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢のキャサリンは、ある日突然、原因不明の意識障害で倒れてしまう。 一週間後に目覚めた彼女は、自分を嫌っていた筈の義弟の態度がすっかり変わってしまい、極度のシスコンになった事に戸惑いを隠せない。 彼にどんな心境の変化があったのか? そして、キャサリンの意識障害の原因とは? ※設定の甘さや、ご都合主義の展開が有るかと思いますが、ご容赦ください。 ※サスペンス要素は有りますが、難しいお話は書けない作者です。 ※作中に登場する薬や植物は架空の物です。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...